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2007年11月

2007年11月30日 (金)

富裕層も多様化し格差を作る

新富裕層の条件は金融資産100万ドルだったと記憶するが、今や米国では、その条件を満たす人の数が900万人となって、ありふれた存在と見なされるようになったという。さすが格差社会のフロントランナーと思ったら、この程度で驚いてはいけない、さらに新富裕層の中にも格差が生まれて、アッパーとロウワーで支持政党まで異なるというではないか。

ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態 Book ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態

著者:ロバート・フランク
販売元:ダイヤモンド社
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となりの億万長者』を最新の調査に基づいて改訂しました、というような意匠の本であって、新富裕層の今の生態をドキュメンタリー風に伝える。

人種のるつぼにして、あらゆる階層のメルティング・ポットでもある、超格差社会アメリカ。金持ちばかり集まってセキュリティ完備の城壁内部のような都市(ゲート・シティ)を作っているとは聞いていたが、なるほど、その経済規模はちょっとした国家をしのぐわけで、リッチスタンとは山田君座布団一枚と声を出したくなるようなクールな命名。

原書のほうは今日もアマゾン・ベスト100にランク・イン。御長寿御同慶の至り。

Richistan: A Journey Through the American Wealth Boom And the Lives of the New Rich
原書

転落を恐れる富裕層が国家を蓄財の道具とみなす動機は(良否は別にしても)理解できるところだが、そうした伝統的小金持ち層(共和党の支持母体とされてきましたな)のさらに上の層では、左派が多く、民主党支持者が多いというのはすごく意外な現実。資産ができたらさらなる蓄財に励むのではなくて、これを自分の信じる社会正義が進められるよう、政治目的に活用する人が出てきているという。

こういう話になってくると、それはなかなか素晴らしい生き方に見えてくる。

結婚するときには『ディボース・ショウ』みたいにプリナップ(prenup : 婚前契約)を締結しなきゃならないとか、ややこしいこともある反面、社会の腐敗に涙を呑むだけの弱者然とした諦めの人生に我慢することもなく、納得できないことには、選挙などを通じて正々堂々と自己主張して行動できる。権力を買うのではなく、宣伝力あるいは知名度のようなものを買うのであり、最終的に有権者の判断に委ねることから、民主主義の理念になんら反するところもない。

その『力』を、起業した会社を売却するなど、自力で短期間に獲得できる社会システムというのは、やはり魅力的だ。

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2007年11月29日 (木)

商売とスピリチュアルの親密な関係

出会うべき本に今日出会えた幸運に感謝したい。

成功哲学の古典、そう呼んでいいだろう。こんなに変化の激しい時代でも、変化しない価値、特異点、不動点みたいな存在がある。だから古典。

地上最強の商人 Book 地上最強の商人

著者:無能 唱元,オグ・マンディーノ
販売元:日本経営合理化協会出版局
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貧しい砂漠の生活から身を起こし、大富豪となった人の秘密は、世代を超えて伝えられてきた十巻の巻物。これを繰り返し読む習慣を作ればあなたも成功者に、という話。

2冊の原書に対応する邦訳版は2部構成。時間の無い人も、前半だけ、ぜひ一読されることをお勧めする。買うと1万円以上するが、この手の歴史的名著は図書館(近隣では藤沢と平塚)にも所蔵される。訳は素晴らしいけど、良否はさておきグローバリゼーションのご時勢。前半に対応する原書なら900円弱。これで、毎日繰り返した読むべしとされる10巻の巻物の内容をずっと手元に置いておける。

The Greatest Salesman in the World
原書

『教え』にあたる十巻の巻物の部分は、すごく勇気付けられる。めげそうになっている時に読むべし。メンタルの活力が蘇る。ココロザシ高く生きることができる。

この巻物を取り巻く挿話の部分もまた、感動的である。繰り返し読む箇所ではないから、巻物の部分と利用方法は異なる。シンプルな喩え話であり、いたってスピリチュアルであり、キリスト教的な示唆を含んでて、パウロ・コエーリョ『星の巡礼』を想起した。

喩え話はシンプルであるほど心をうつ。涙なんてとっくに枯れたよと称する大人も、涙腺は齢重ねて緩みゆくことを再認識させられることになるかもしれない。

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2007年11月28日 (水)

消費者との智恵比べ心理戦が楽しい

知名度もなければブランド力なんてあるわけもない小資本の会社にとって、気まぐれでもいいから消費者が手にとってくれる「法則」のようなものがわかればすごくありがたい。「売れる」なんてタイトルのついた本なら飛びついて「秘法」を知らんと必死で読み始める。

だけど、そんなものは誰も知らないと、本書ではいう。

だけど、本書のタイトルといい、装丁といい、わたくし自身が思わず手にとってしまったことからも、そこに確かに「何か」があることは自分としては明らかだと感じるのだ。

キミがこの本を買ったワケ Book キミがこの本を買ったワケ

著者:指南役
販売元:扶桑社
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著者である企画集団「指南役」はホイチョイのブレーンもつとめるそうで、本書の抑えの効いたはしゃぎっぷりは、ホイチョイから下世話ネタを抜いて上品にした印象。センスが良くて面白い。まさに売れ筋。消費者の購買意欲のツボを突いてくる。

ただ、ネタ元がシュガーマンだったりで、本当に新しいことが書いてあるというよりは、広告宣伝における既知の金科玉条を組み合わせて楽しくアレンジして見せてくれているのだと理解した。そういう「既知」の「組み合わせ」ことがアイデアなんだよと、先人(このケースではジェームズ・ヤング「アイデアのつくり方 」)の智恵を引き合いに出して説明しているのではあるのだが。

消費者の側がマーケ臭を嫌うようになり、マーケティング側では消費者の心理的バリアーをかいくぐるように宣伝を仕掛けてゆく。狐と狸の化かしあい。こういう世界なら、小資本だろうと智恵次第でいくらでも勝てるニッチを見つけることはできるだろう。

利益を出し続けるのは大変だけど、消費者をダイレクトにお客様にする商売は、なんだかんだいってもすこぶる面白い。

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2007年11月27日 (火)

お嬢様経営

突如やってきた社長令嬢の繰り出す「改革」攻撃に、社内の抵抗勢力も振り回されて勢いを失い、会社は平和に安定成長軌道に乗りましたとさ。もちろん、ご令嬢が広告塔として抜群の効果をもっていたことは言うまでもない。老舗旅館の若女将が金髪青い目(ヤンキーのレディースさんではなくて外人さんです)で人気を確たるものとした実話を思い出す。

社長が変われば会社は変わる! ホッピー三代目、跡取り娘の体当たり経営改革 Book 社長が変われば会社は変わる! ホッピー三代目、跡取り娘の体当たり経営改革

著者:石渡美奈
販売元:阪急コミュニケーションズ
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さらっと表面的に読むと、無茶しよるなあと、怪訝にも感じるのだが、ちょっと考えてみれば、この会社には「改革」のような大掃除が必要な時期にさしかかっていて、そこにコンサルを雇って外部からメスを入れようと、創業家から新しい血を入れてひっかきまわすのも、同じといえば同じ。今回は背後にカリスマ経営者の小山昇氏がついていて、大間違いは起こりそうもない。ボイスメールの導入などでコケても、社業が傾くこともない。

変革の内容以上に、変化を起すこと自体が価値をもっていたのではないかと考える。

この会社の従業員さんたちは適応に大変だったと思うが、現状維持の病を放置して会社が傾く事態に至れば痛みは比較にならぬ程大きいことを考えれば、適切な予防医療ということだったのかなと想像する。

ただ、このご令嬢が社長になって、先代からの支え無しでも健全経営をすすめてゆけるのか。そこは経営手腕というよりむしろ人徳なるものにかかっているのかもしれない。横や下から支持を得て繁栄を謳歌していっていただきたいものである。

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2007年11月26日 (月)

COSTCO湘南いつどこに?

今日は横浜のCOSTCO金沢シーサイドに行ってきた。

茅ヶ崎からだと最短26kmだから、多摩境の36kmより近いとはいえ、三浦半島を横断してお買物というのも酔狂な話だ。家族は脳天気に野菜を安い安いなんて喜んで買ってるけど、交通費を考えたら全然経済的じゃない。やっぱり物見遊山だ。早く湘南にもCOSTCOができないものか。

COSTCOの出店計画には「湘南エリア」が入っているが、あんな巨大な倉庫の化け物(よく見るとおよそ茅ヶ崎ジャスコと似たようなサイズみたいだけど)を地価も高くて車で移動するには渋滞だらけの湘南地域のどこに立地させるのか。ぜひ茅ヶ崎に、と言いたいとこだし、茅ヶ崎の北部には好適地とおぼしき地域もありますな。「みずき」という人口増加中の区画もあるし。ただ、それだけじゃCOSTCO店舗を黒字にするだけの規模にはならない。半径10kmで人口100万(茅ヶ崎+藤沢+寒川+平塚でやっとこさ94万人)てえ超タカビーな条件を考えると、やっぱり藤沢北部(横浜西部に隣接してるから)っていう選択になるのか。

で、COSTCOの楽しみのひとつとして、レジを出たトコにあるビザやらホットドッグやら食べられるイートインコーナー。だけどあそこも、回転が速いと食べ物も信じられないぐらい美味いのだけど、今日みたいに連休直後の閑散期なんて日は、ビザも乾燥気味で、がっかり。クリスマス商品があるかと思えば、まだ時期尚早。また来月来てね、てことだろうけど、茅ヶ崎から横浜新道と横横通って高速料金だけで往復2000円てのが、まずヤダね。

そういえば、今日のお客さんのカートの中身は、概して少ない。そりゃそうだ。平日に来れる人って、近隣の人だろう。今週もあと何回か来る訳で、わが家でいえば、茅ヶ崎ジャスコの火曜市に毎週行くような感覚なんだろう。ああウラヤマしい。

とはいえ、今日買ってきた乾き物とかの山を見て反省してんだけど、やっぱり、あのロットサイズは普通の家庭には無理め。ご近所で分けないと、無駄が出がち。でも、COSTCOで買ってきたからって、わけわからんアメリカンなブツをもらっても、ご近所付き合いが希薄な昨今、ちょっと引くとこがあるんじゃないかと。

近くにCOSTCOがあるより、茅ヶ崎あたりだとAVEYあたりの小ロットで売ってくれる店が近くにあるほうが嬉しいということになるのかもしれない。だいたいここらへん、まだ住んでる外人さんも多くないし、ホールセール型の大規模店の良さを知る人もそんなに多くないかもしれないのだ。

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2007年11月25日 (日)

リーダーシップは自力で『悟』れ

リーダーシップは生まれついての資質というような認識が広く共有されているが、授業によって教えられる、という主張である。しかし、授業は特定のスキルのようなものを座学のように教える形式ではなく、講師と学生達とのインタラクションによって、学生達が自発的に学び取ってゆく形をとる。

リーダーシップは教えられる (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS) Book リーダーシップは教えられる (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)

著者:シャロン・ダロッツ・パークス
販売元:ランダムハウス講談社
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本書は、ハーバード大学でロナルド・ハイフェッツ教授が教える授業、「PAL-101: リーダーシップの発揮 - 集団の人材を動かす」の様子を伝える。そこで用いられるケース・イン・ポイント教授法は、ケース・メソッドではあるのだが、事前に例題となるケースを用意しておくわけではなく、その場で適宜選択されたテーマをもとに、学生は自分の経験に照らして現実をシミュレーションする思考実験を行い、未知の状況への適応能力を学習し習得してゆく。

本書はこの講義に参加する側の立場から書かれているようなところもあり、背後にある理論を整然と述べるような論文の類いでなく、受益者が得る効能に関する説明、意地悪く言えばセールストークといえる。学生と同じ目線での経験を読者に語りかける様子には、リーダーシップ理論の奥義を期待する向きにはいささか拍子抜けする内容かもしれない。

本書の主張に従うにしても、リーダーシップを体得するにはこの授業と同等の学習が必要であり、となれば教師から教わるのでなく授業を通じて自ら体得する必要があるのであって、結局、リーダーシップは教えられて受動的に獲得できるもんじゃござんせん、という生憎な結論に至るのではないかと思う。

習得の場は提供するけど、教えられない、んじゃないのか。

突飛な喩えだが、『悟り』は教えてもらって得られるものではない、なんて話に似てるかもしれない。

一般に、組織はメンバー構成が変わっても自律的に指導的な2割と落ちこぼれの2割を作るという。となれば、リーダーシップは誰にでも眠っている資質。いかに覚醒するか、これが問題で、そして難題なのだ。その開発プロセスは個人の経験によって大きく異なる至って属人的なものであり、だからこそ、自発的に気づかせる以外、有効な共通手法が無いのだろう。

複雑で急速に変化する環境では、唾飛ばして命令するばっかしの古典的リーダーの役割は終わりましたよ、というのはなるほどと思うし、必要なのは創造性だし、というのも納得できるが、芸術家のような人が必要なんですよとまで言われると、ホンマカイナと目を白黒させてしまいそう。創造性は教えられる、てな主張だとするとそれもやっぱりビックリな話になるし。

「決定版!リーダーシップの秘訣 - 7日間であなたもリーダーに - 」みたいな剣術皆伝の巻物の類を期待して読んだわたしのほうが悪いのだろうが。

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2007年11月24日 (土)

妖までナチュラルに映像化する凄さ

テレビ版「しゃばけ」の映像には驚いた。スーパーナチュラルな世界を実写ベースでどうやって表現するのか、失敗しちゃうんじゃないかと思ったら、江戸下町風景を富士山付きで作ってしまうし、「光」のイメージを巧妙に使って、まさにこの世のものとは思えない映像に仕上げてしまっていた。

金かかってるのがよくわかったとの言い方もできる。

セピアと呼ぶには随分色彩豊かだっただが、ほんわか暖かい映像になっていて、宮迫博之や山田花子といったお笑い陣も存在感の大小はあってもそれぞれいい味を出してた。純和風の顔立ちの俳優さんを使って時代感が伝わってきたし、そのなかにバタ臭い真矢ミキや十朱幸代やら異質なあやかしの存在感が光っていた。子供達も見る時間帯のテレビドラマとして、これ以上無い上質の娯楽となっている、というか、テレビがここまでやるのか、日本の映像技術のすごさは再確認させてくれたけど、テレビがこれやっちゃうと、映画の存在価値ってどうなのよ、というメタな疑問を感じ始めるような、ものすごい作品となっていたと思う。

さて、今回の作品は、「しゃばけ」と「ぬしさまへ」をベースにしていることが、エンドロールに示されていた。ほとんど「しゃばけ」に書かれていたストーリーだと思ったが、「ぬしさまへ」はどの部分だったのか、気になって急遽読むことにした。

ぬしさまへ Book ぬしさまへ

著者:畠中 恵
販売元:新潮社
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なるほど、「ぬしさまへ」を原作とするストーリー、それはただただ、仁吉とおぎんの関係に尽きるということですな。これは知らなかった、今まで読んだ作品には出てこなかったから。

映像を見てから本を読むと、おぎんがやっぱり十朱幸代の顔でイメージされる。数千年の恋を成就させたロマンスのヒロインに相応しい存在感。なんか、しゃばけの世界観がより豊かになって、以降の作品もさらに楽しく読める気がするし、さらに映像のほうも第二作がとても待ち遠しい。

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2007年11月23日 (金)

全方向正直経営のすすめ

漫画珍道中みたいな紀行は大好きな部類で、『てくてく東海道五十三次 (てくてく旅シリーズ) 』を見つけて手に取ったのだが、東海道五十三次の超重量級の歴史資産をウルトラライトなコンテンツでさら~りと舐めていただいてもな。というより、藤沢・平塚・大磯あたりの扱いがあまりにしょぼい感じでそれが不本意でご機嫌斜めなのです。

決して茅ヶ崎がすっ飛ばされてるからというわけではありません。

湘南市構想に新幹線の新駅なんてのがあったけど、東海道五十四次にしてでも茅ヶ崎を入れろとなんて小集落だった歴史を捻じ曲げてゴリ押しするほど度胸のある物好きも地元にはいないわけです。

ワニブックさんの「てくてくシリーズ」は、構想というか企画は素晴らしくて、その『ブランド』みたいなもんは「買い」だと思うんだけど、具体化する段階で当初のスピリットがどこかに飛んでっちゃったんじゃないのか。あるいはもしかしたら、もともとこういうチープな路線をトレンドと読んでたか。わたしが一日編集者になったら、るるぶ風の大きいサイズで、写真をベースとする紙面にコミック風のキャラをガンガン登場させる造りにするけどね。

で、今日のまくらは、この『ブランド』。最近ブランドを失墜させる企業が多くて、この本も実にタイムリーな話題にキャッチアップしている。

あなたの会社の評判を守る法 (講談社現代新書 1913) Book あなたの会社の評判を守る法 (講談社現代新書 1913)

著者:久新 大四郎
販売元:講談社
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有名料亭の出店でのプリンの賞味期限偽装問題。国内屈指のブランド力もあって、『MICHELIN GUIDE東京 2008 (2008) 』はまだ読んでないけどきっと登場しただろう名料亭、その系列小売店舗が、なんでまたあんなセコイことをしたのか。本書で示す考え方によれば、この「会社」がやっちゃった「行動」についてだから、ブランドというより、コーポレート・レピュテーション、評判のほうを貶めたということになる。

ブランドとレピュテーションは緊密な関係にあるけど、直結はしない。ナイキの例がわかりやすかった。ブランド力は最強だけど、途上国の未成年を安くこき使った嫌疑により、レピュテーションは失墜したという。というか、ナイキの靴はやっぱええけど、あの経営者はアカン、ということだろう、大雑把にいえば。

今回の料亭の問題でも、背後に会社の体質みたいなトコがあったように報道されている。築城三年落城三日、という表現が本書で紹介されるのだが、信用てのは商売の生命線だということを再認識させられますわな。

自戒を込めて。

『鈍感力』が流行ってて、どこでも誰でもこれが万能、てな空気だけど、不幸にして不祥事が起こってしまったら、鈍感力はサイテーな結果に繋がる。本書でも言ってるけど、潔さが必要だ。特に日本の場合。ただ、それは誠意あって初めて意味をもつ。メディアの前で謝罪して天晴れ、となって、その後ボロボロと杜撰な日常が暴かれるようではアカンのだ。

日頃の心掛けが大事なのだな、やっぱり。

ちょっと前に「正直マーケティング」なんて方向性を提唱してる本を読んだけど、今後は全方位に「正直」じゃないとヤバい。

暗部はいつか2chに書かれる。

暗部無き経営を志向しなくちゃならない。それにはコストもかかるから、いっそ、うちはホント正直でっせ、もうアホ通り越して馬鹿正直でんねん。こういう売り方で、マーケティングに利用してゆくのが上手な正直経営、ということなのだろう。

難しい時代のようで、実はすこぶるわかりやすい時代なのかもしれませんな。

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2007年11月22日 (木)

最後に教訓とは王道ジョーク臭

社会を風刺して、一つの言葉を生むようなマジな姿勢を見せて、その実、ある種のジョーク集みたいな。

鉄板病 Book 鉄板病

著者:おち まさと
販売元:日本放送出版協会
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法律で義務化されてるから会社でやってる健康診断は、すごく多くの人に「正常じゃありません」というレポートを送りつけるという。あれじゃ病気は見つからないという人もあるし、あれで病気が見つかった日にゃもう手遅れ。だから不要、との極論を説く人もいる。本書の『鉄板病』初期症状チェックなんてのも、現代にフツーに生きる日本人なら、それなりにヒットするように作られてて、これがギャグ以外の何物でもない。

巨人・大鵬・卵焼きの時代から、一億総中流幻想の中に自分をずーっと置いときたいという願望が国民の大多数で共有されてきた。必ず勝つ、敵無し、そういう勝ち組の側に自分はいるんだと思っていたいという切な願い。それを今や鉄板病とマジでこきおろすなら残酷なことだが、ぜーんぶギャグ。そこらのジョーク集よりず~っとオモロいかもしれない。

ギャグ的病気ってば、筒井康隆氏の『宇宙衛生博覧会』中の「蟹甲癬」なんて思い出してしまうが、流行を病気ととらえ、なんとかシンドロームと命名するのは、識者さんの常道。しかし、最後に治療と予防なる章を設け、説教くさく実利もちょっと伴うかに装う提案をしてるようでは、ギャグ本の大団円としてはベタな印象は免れない。なんつってな。

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2007年11月21日 (水)

ハッサン系のお笑いを表情も変えずに

比較文化論的な視点から書かれた「世界の」ジョーク集をよく見るようになった。

なかでも早坂隆氏の『世界のXXジョーク集』はよく知られていている。ここで、XXは「反米」や「イスラム」や「日本人」なんだが、私はやっぱり反米が一番面白いと感じる。ジョークという字がジョージに見えてくる。あの倅のほうをこき下ろすのが昨今のジョークの「王道」といえる。だが、本当にからかうべきは、その指導者を選挙で選んだ国民のほうであって、しかしそれをやっちゃうと洒落で済まなくなってしまう。

この本でも、ジョージのジョークは大間の本マグロの大トロの扱い。だけど、米国ネタの章のトリをつとめる米国の国民ネタが秀逸。笑いを通り越して、凍りつくかもしれない。

世界の困った人ジョーク集 Book 世界の困った人ジョーク集

著者:モクタリ・ダヴィッド
販売元:青土社
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早坂隆氏のシリーズは喩えているなら、俳句の撰集、という意匠だろうか。ジョークそのものをぽつりぽつりと配置して、その間隙に、ネタにされた人やお国柄に関する薀蓄やら最新事情が詰め込まれる。間隙のほうが圧倒的に「広い」から、なにかやっぱりジョークを俳句ぐらい、密度の高い、一瞬芸に昇華させてるようなトコがある。

かたや、この本の著者、イラン国営通信・通信記者らしい、モクタリ・ダヴィッド氏。笑いのツボを露骨に外したようなトコがあるんだけど、逆にそこが気持ちいい。妙に日本人に媚びてない。エスニック料理を現地で食うときの違和感みたいのがここでは感じられて、ああ、本当に国際的なことよのおと、むしろ感動的である。で、こちらは薀蓄は各章の最初で語りつくして、あとはジョークを淡々と並べるという意匠。ひとつの傑作を慈しむなんて感じじゃない。

まあでも、たまには気軽に読んでニヤリとできる本も楽しいですは。頭の体操でもしないと、年がら年中マーケティングだイノベーションだとお堅い本ばかりじゃ、オモロい話をするのはおろか、笑える話を聞いても表情ひとつ変えないバルカン星人の石部スポック金吉みたいになってしまう。スポックはスポックでクールだとは思うけどな。

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2007年11月20日 (火)

連敗のエピタフ(墓碑銘)

本を読んで考えたことを書き留めておくタイプのブログは世の中にすごく多いから、少々電波なことを書いたところでお咎めもない。自分にとっては、アルバムのようなもので、ああ、あのときはこんな考え方をしてたんだね。若かったねぇと、茶飲み友達と喋るネタにでもなればいいかなあと思って書いているてぇのが本音だ。

タイムカプセルじゃないけど、まだたいして時間がたってないのに掘り起こしたくなるのと同じで、ちょっと過去の記事を見てみると、結構しっかりしたこと書いてる。げげ、文はうまくなるどころか、劣化してるじゃないか。まだそんな歳でもないのに、早くも衰えてんのか。それでも書かなきゃもっと急速に阿呆になってゆく、つうことですわな。

その劣化の萌芽てことかもしれん。最近、本を立て続けにギブアップしとる。特に、手紙やらのケッタイな凝った様式で書かれた奴がダメだ。まず、真保裕一『追伸 』。『最愛』のほうだってすごく長くて、もう投げ出したろかと何度も思いながらも我慢してなんとかやっつけたというのが真相だ。で、あの結末じゃ、あくまでわたくし的ということだが、残念だった。で、トラウマがあるから、もう我慢できず、最初を読んだらすぐ最後の結末を読んで、トドメをさした。我ながらひどい読み方だよな。『灰色の北壁』みたいなストライクゾーンを待ちます。

同じことを、渡辺淳一『あじさい日記 』でもやった。医者で仮面夫婦で日記の盗み読み、とくれば、またドロドロ・オトナのノネナール系かと、『愛の流刑地』のトラウマが疼く。『鈍感力』みたいな作品まで待ちましょうと、本作は結末を読んで店仕舞いとなってしまった。不徳の致すところでまことに残念である。

さて、ギブアップしているのは文芸書だけではない。ビジネス書でも、パラパラと10分ぐらいめくって書庫行きという「不徳」のケースは多い。特に、「なぜ、XXなのか」とか、「7日でXXになる」とかがその確率大だから、本を選ぶ前に目次を確認して水際ストップをかける。さらに、旧い洋書を最近突然邦訳しました、あるいは改訳どころかタイトルだけ変えて再出版というヤツ。

一方、面白いのだけど最後まで読めない本なんてのもある。

例えば、『Q&A日本は沈む?―地震・火山と防災 Q&A日本は沈む?―地震・火山と防災 』、この本は楽しく読んでるうちに、映画日本沈没の新しい方を見てないと、仲間外れになってるような感じで十分には楽しめないことがわかってくる。そうなると、まあ実益のある話じゃないないからと、生憎の結果に。もっともこちらはレアケースといえる。

逆に、チープでスカポンタンなんだけど、失笑したまま最後まで行くやつもある。それが、これだよ。ふぅ。

てくてくインド~魅惑のスピリチュアルツアー~ Book てくてくインド~魅惑のスピリチュアルツアー~

著者:おののいも
販売元:ワニブックス
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サイバラのノリを狙ったのだろうが、毒が決定的に足りない。初海外ならはしゃぐのも無理ないけど、空しく空転。そしてスピリチュアルなんて、名ばかり。ただのインド旅行絵日記。インドへの思い入れ皆無、そりゃ出版社が勝手に決めた行き先だからしょうがない。薀蓄無しで寺院をみても感動するわけがない。五木寛之『21世紀 仏教への旅』を易しい絵本にしましたなんてのを期待したほうがど阿呆。今夜も俺のKO負け。お花畑に電波がだだ洩れる。

このようにトンデモな例外は逆に記事にしやすいけどね。

じゃあ、本当にお堅いインドの本なら嬉しいのかというと、そうでもないことは、『現代インドを知るための60章 (エリア・スタディーズ (67)) 』を読んでわかった。文字と表とグラフでできた、ジャーナリストが書く論文みたいな本、こちらは一瞬のうちに爆睡できる。

結局飛ばし読みになっちゃうんだけど、それでも斜め読みしたなりの記録は残しといて、後日、茶飲み友達と縁側で、ああ、そういう本もあったねと。いつか雑談のネタにしたい。そんなポカポカとマッタリした平和な日の来ることを祈りながら、今日も飽きずに、あきないから商売なんて愚にもつかないことを口走りながら、商売であるわけもなく、ただただ書いているのだ。

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2007年11月19日 (月)

格差社会を蹴散らす市井の徳

格差社会の邪悪に声をあげる人は、概して豊かな層に属している。この著者さんも、自家用車は今や必需品でしょ、なんてちょっとびっくする意見も開陳されている。格差の拡大は諸悪の根源となりうる、解決しなくてはならない問題であることは間違いないが、識者の方々は格差の現場を本当にご存じなのか、いささか心配になってくる。

新しい階級社会  新しい階級闘争    [格差]ですまされない現実 Book 新しい階級社会 新しい階級闘争 [格差]ですまされない現実

著者:橋本 健二
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ちょっと左側から、怒りをぶちまけた、そういう印象もある。だけど、激しい論調には、それだけ格差社会の孕む問題が深刻化しそうだという危機感があるからだろうと想像はつく。覇権国家に尻尾を振ることは忘れなくても、バングラデシュのサイクロンの惨状にはとんと興味を示さない永田町には、格差の犠牲者の痛みを感じる神経なんぞとうの昔に退化してしまって、もはやたいしたことは期待できないのかもしれない。

やっぱり、民間の人々の善意、というのが最後の切り札かもしれない。最近、近隣の大磯町で、個人としてはびっくりする規模の寄付をされた方がいて、それを大磯町では奨学金として運用すると発表していた。格差社会で一番怖いのは、世代にまたがる(下側の)階級の固定化だ。かの覇権国家では能力と意欲のある学童をコミュニティで篤志家が支援する習慣がある。市場原理主義やら会社は株主のものなんてスカポンタンなとこなんぞ真似してる場合じゃない。かの国の習慣には、わが国が取り込むべき優れたものが、まだ残されている。

都会の鬱々たる生活がばからしくなったら、田舎へ行って農業に取り組もう。そういう選択肢がぜひ欲しい。田舎なら金もかからず格差もへったくれもない。食料の自給率回復はわが国の喫緊のテーマ。

田舎っつったって色々。例えば湘南もある種立派な田舎。北半分にゃ畑も広がる。朝は農作業、昼からサーフィン、てのもすごく粋で人間的な生活だよな。俺は有機栽培の野菜、特にトマトとかイタ飯系農作物が面白そうだと思う。箱根や三島の野菜を使うオー・ミラドーみたいに、湘南の地野菜を作ったそばから調理して出すという、オー・ネコノテ、ア・ラ・チガサキ。あれ、これじゃフレンチか。

ところで、湘南の渋滞は長~い駐車場みたいなもん。鵠沼も茅ヶ崎も道が狭くてフェンダーは傷だらけ。買物だってスーパーがネットで注文を受けてその日のうちに350円で届ける。若者の車離れも、経済的理由ばかりじゃないんじゃないのか。

車を降り、自転車に乗ろう。今日からあなたもエコロジスト。メタボリックから脱出し、ロハスな生活者へ。

車も運転手付きならいいけどな。自分でコロがすのは疲れるからヤダって、そりゃトシってことか。

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2007年11月18日 (日)

枯淡のホラーという新地平を拓く、てか

『秋の牢獄』の『秋』は、本作の「枯れた」作風に通ずる。そんなこと言ったら怒られそうだが、『夜市』や『雷の季節の終わりに』で感じた絵画的な色彩感は無いような。色褪せたというのでなく、枯山水のような、和の侘び寂びの境地に達したということなのかいな。

異次元世界への入り口がポッカリ口を開けて、というような、日本文化の歴史と伝統の佇まいに隠されたオドロオドロしくも耽美でシックで上品で知性煌く良識派ホラー。この恒川光太郎氏の持ち味がストライクゾーンど真ん中なわたくし。

今回もその異次元感覚はあるのだけど、歴史風味ゼロ。「牢獄」ってタイトルが示唆するとおり、閉空間に幽閉される恐怖、というフォーカスされたテーマの短編が3作並ぶ。

秋の牢獄 Book 秋の牢獄

著者:恒川 光太郎
販売元:角川書店
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最初に来るタイトル作は、秋の一日がループして限りなく繰り返されるという、空間じゃなくて時間の結界みたいなアイデア。監禁繋がりの変わりネタで、イケてるアイデアじゃろ、てな意気込みは伝わってくるけど、あんまり切れ味鋭い感じがしない。転生輪廻のループから解脱して、という仏教的死生観のメタファーであることは思い当たるのだが、ありがちな構成要素を無理に合体変身トランスフォーメーションさせたようなトコもあって、アザトさにゲップ、あ、失礼。

次の『神家没落』は、ハウルの動く城、そう喩えればわかりやすいかもしれない。『風の古道』の系譜だろうか。本書の3つの短編の中ではいかにも恒川光太郎氏らしい、捻りも効いて、切れ味を感じるけど、抑えも効いてて、B面曲の造りか、黴臭くも失敬な表現だが。

最後の『幻は夜に成長する』は、メンタルスペースに幽閉されたと表現するのがよろしいのか。後味に残る毒性は最強で、なんともやりきれない。島本理生さんの『大きな熊』あたりの後味にちょっと似てるか。イメージ的には桜葉さんの赤朽葉家も近いような。サイキック繋がりで宮部みゆき『楽園』の霊能者『祖母』の存在感とダブる。

この手のドロドロ昼メロオビモノ系につながる話は女流作家さんのほうがよりリアルにダーティーに書ききれるかもねと、偉そうに高ビーで評論するヤな読者になっているわたしくを今発見。ちょっと反省だ。

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ただ、リサ・ランドールのいう5次元空間、マルチバース宇宙なんてのを、直観的に理解しようとすると、あるいはこれらの空間みたいな感じになるのかなあという気がしてくる。ブレーンと呼ばれる『膜』にからめとられた3次元空間生物の私達。その制約を飛び越えて、あるいは白いテルテル坊主のような姿の超越的存在が突然姿を見せ、あるいは突如消えてなくなる。だけど3次元生物には知覚できないだけで、5つ目の軸に沿ってちょっと移動しただけ。

われながら理論物理的にハチャメチャなこと言ってるような気がするけど、まあ、素人の妄想と笑って許して下され。

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2007年11月17日 (土)

二元論を好む国に他力はどう映ったか

善悪はじめすべからく黒白くシンプルな二元論を好むあの覇権国家を大義無き戦争に駆り立ててきた共和党政権が来年予定通り終了して再び世界に安堵感が広がるかと思ったら、なにやらシンプルとは対極の複雑な国民感情から、初の女性大統領誕生に暗雲立ち込めているという。

リベラル色を出しすぎたなど政策上の理由ならまだ理解もできるが、むしろ、やり手の女性指導者を女性が嫌うという感情的な事情のようで、あの国も一筋縄じゃいかないんだなあと、妙に感心したりもする。対立候補となるであろうジュリアーニ氏なら、現政権の笑止な壊れっぷりを補って余りあるほど期待を集め、共和党というハンデも跳ね返せるかもしれない。

政党が2つしか無いから国民の選択肢もそんなに豊富とは言えないような印象もあったが、候補者を絞る段階で、両政党とも国民の期待に応えて変身してゆけるのだ。日本のように党の事情で総裁候補が決まってる2大政党制とは、やっぱりかなり違うシステムなんだなあと感じる。

こういう国に、大乗仏教でいうところの『TARIKI』(他力)という考え方は、本当に正しく受けとめられているのか。仏教が本来もつ、異質なものに同化しうる特色を生かした姿というより、単にアブラハム系一神教3兄弟のアンチテーゼとして考えられているのではないか。あそこはディベートの国。自分が支持しない考えだろうと、議論をするために、対立意見を示して比較検討する習慣がある。

というわけで、インドから始まり東アジア(とフランス)を巡った仏教の今を探す旅、『21世紀仏教への旅』シリーズ最終作は、やっぱり日本へと凱旋してきたが、その後アメリカへ飛ぶことに、

なんでかいな?

と疑問を感じつつ、しかし、他の宗教と正面から対決することなく、異質な文化とも柔軟に習合できる多神教としての仏教を今一番必要としてるのは、アメリカである、そういう見解に立っているのだろうと勝手に理解し強く共感した。しかしその上で、でも仏教が広まり定着してゆく必然性はあそこの国には本当にあるのだろうかとの懸念も残る。

対立こそ、かの国家の力の源、なのかもしれないのだ。

21世紀 仏教への旅 日本・アメリカ編 (21世紀 仏教への旅) Book 21世紀 仏教への旅 日本・アメリカ編 (21世紀 仏教への旅)

著者:五木 寛之
販売元:講談社
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仏教の根底にあるアイデアは、自然との調和、融合だ。自然を破壊してでも自分の好む世界に作り上げようとする西欧文明のあり方とは、正面から衝突するのではないか。アメリカンドリームは競争と衝突から生まれるもので、調和と融合の結果得られるものではなさそうだ。

結局、仏教は、その国の風土を選ぶのであり、やはり、かの覇権国家で広く普及してこなかったのは、それなりにわけがあったのではないか。ただ、そのやりかたに、地球が、というか地球の生態系が、イヤダイヤダと、露骨に拒否反応を示し始めているようなところがあるのじゃないか。

地球環境の制約が迫ってなければ理想的なシステムであり、それは20世紀末まではベストプラクティスであった。だが、今は違う。そして、あの国は変化を好まないし、恐らく変わらないだろう。デトロイトとグラウンド・ゼロの描写は絶望と廃墟のイメージであり、そこに夢は無い。仏教の旅は、日本に凱旋しておしまいにしといたほうが、座りはよかったはずなのだ。

にもかかわらず、アウェイの超大国に敢えて舞台を求めた背後に、今後の世界情勢を動かす要因に宗教的対立があって、そこに仏教が少なからず絡んで来ることを、予想というか期待する著者の気持ちがあった。それは、対立を対立でなくすという、ポジティブな方向であることは言うまでもないが、あまりに牧歌的なビジョンかもしれない。

そうなりうるものならぜひそうなって欲しいものだが、しかし、あの国の背後にある宗教と民族対立の構図はシンプルの対極、世界の紛争の縮図、まさに泥沼としか言いようが無い。

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2007年11月16日 (金)

理想のあきんどメンタリティ

パソコンサポートって商売、便利屋さんと結構似てるかも。

自営業といってもスタンバってる時間ばっかり長い『待ち』型の業態を決め込んじゃうと、先日の『週4時間働くだけ』の対極を行く、ひとことでいって効率のよろしくない損な商売となる。じゃあこっそりゴルフでもプレーしちまえって開き直ろうにも、時間の工面は結構難しい。

けど、本を読むなら時間は捻出できる。

今ベストセラーになってる『キラー・リーディング 「仕事脳」が劇的に回り出す最強の読書法 (JBシリーズ) 』では、多読の秘訣のひとつとして、図書館の近くに住め、なんてことも言ってる。茅ヶ崎市立図書館に歩いて5分の近隣住民の実感として、それはまぎれもない事実。公共の図書館といっても、最近は新刊書や雑誌もすごく充実してて、人気書籍は少々の予約待ちとなるが、日常手に取るような本はほとんど閲覧できる。仕事に必要な専門書だけアマゾンで買いますと公式見解風に申し上げるべきところだが、オライリーの本まで置いてあるんじゃ、もうなんというかね。

パソコンサポートなんて商売も、よーく考えれば、便利屋の仲間に見えないこともない。事実、そう思ってらっしゃるお客様もいらっしゃる。でも、この業界、スーツなんて着ちゃって、ビジネスマンの顔して訪問するのがデフォルトとなってる。だけど自営業として手がけると、ものすごく泥臭い商売になるから、それなりに覚悟がないと長続きしない。

広告やら運用上のもろもろで参考にしようと、ネット上で便利屋さんの掲示板をたまに見に行くこともある。実際、かなりタメになるのだ。そして、便利屋さんとして大成功してらっしゃる社長さんが書いた本なんてのを見つけた日にゃ、そりゃ飛びつきたくもなりますわな。

凡人が「強運」をつかむ59の心得 (講談社+アルファ文庫 G 165-1) Book 凡人が「強運」をつかむ59の心得 (講談社+アルファ文庫 G 165-1)

著者:右近 勝吉
販売元:講談社
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この社長さん、最初は一回500円で始めて途中で6千円に値上げし、月商は30万、100万、1千万、そして4600万円という具合にとんとん拍子で驚異的な規模となったそうだ。さすがに広域で受注して協力事業者に振っていって可能となる数字だと思うが、便利屋さんで年収が3千万円というのは、まさにご同慶の至り。

そしてその成功の秘訣を自分流に消化するなら、『謙虚』、このひと言に尽きる。そこには、接客業として、人の話を聞く、笑顔を絶やさない、相手の気持ちを察する、そういった、ダニエル・ゴールマンのいうEQに相当するような能力を徹底的に開発して駆使することまで含まれる。これが、強運の秘訣、すなわち成功法則ということになる。

言われてみれば、自分の「あきんど」としての欠点は、だいたいそこらへんにあるんだろうなとウスウス自覚できる。謙虚でなければ、接客業でお客様に『好かれる』ことは難しい。自分が所詮『凡人』であるとの認識を、自尊心が許さないのだ。それではうまくゆくわけがないと、自戒の意味も込めて、というより完全に自己否定だなこりゃ。

『凡人』だから『非凡』な商売をめざして最大限の努力をする。

そういうメンタリティを、オンビジネスで維持できるようにできれば、また一つ、『あきんど』の理想像に近づいたことになろうか。根っこが職人という気質の人が、なりたい自分になるためにまず『あきんど』を志すというのは、それまた大変なことなのです。

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2007年11月15日 (木)

戦わず勝つ、働かず富む

カリスマ経営者にしてベンチャー起業のパイオニアとして高名な堀場雅夫氏は著書『やるだけやってみろ! 』のなかで、これからはフリーターの時代だとする。既定の人生のレールを走れば幸福が確約される時代ではなくなってしまった(成功哲学と幸福とスピリチュアルの本が売れるわけだね)のだから、自分の思うように人生を組み立てていったほうがいいよということと解釈した。

幸福はオカネ(一身上の都合により、以降「お○」と呼びます)じゃ買えないみたい不幸はお○で起こるけど。お○があっても、そもそもお○の使い方を熟知してるわけじゃないから、お○の絶対量がそのまま幸福に直結しないし、お○が無くても即不幸に繋がるわけでもない。

千円札は拾うな』の安田佳生氏も著作『下を向いて生きよう。 』のなかで、ビルゲイツはNASAが雇った宇宙人だと思えとか、ヒルズ族は見て見ぬふりをしろというようなことを言っていた。身の丈の幸福をめざすのなら致命的なリスクに繋がる可能性は低い。

やりたいこと、やるべきことをやるのがいいし、そこに時間を使うべし。もし生活や事業用のお○のためにお○儲けをするなら、時間的に余裕をもってやるべきということは納得させられる。

なぜ、週4時間働くだけでお金持ちになれるのか? Book なぜ、週4時間働くだけでお金持ちになれるのか?

著者:ティモシー・フェリス
販売元:青志社
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要するに、お○が入ってくるシステムを作ってしまうのが大事。自分をそのシステムの外に置くのが、新富裕層へのパスポート。ワーカホリックは過去の美徳、もはや豊かさへの近道ではないのだ。『結局「仕組み」を作った人が勝っている』もポイントは同じ。『金持ち父さんシリーズ』も、不動産を買ってお○のなる木を作る発想だし、ゲーム盤『バンカース』のコツも同じ。お○を勝手に量産するオートメーション装置を買うか作るかして調達せよってことだ。

The 4-Hour Workweek: Escape 9-5, Live Anywhere, and Join the New Rich
原書

テイストといい装丁といい、とっても趣味のいい本なんだけど、すごく新しいことなんて書いてない。すでに色々な人が言ってきたことを集めて、ゴールドの帯と椰子の木でリッチな休暇を演出した、というような印象。なのになんでまた米国で長期のベストセラーとなったのか、そこらへんがよくわからんのだ。どなたか教えて下され。

もっとも、日本人には何を今さらのような気もする『ザ・シークレット』やらエイブラハムもんが結構売れとるてのもようわからんし、理解不能な現実はヒトツやフタツにとどまらんのは今に始まった話でもない。世の中が見えにくい今日この頃です。

お○持ち喧嘩せず。そして働かず、というのが現代の新富裕層、という。ここでもやっぱりフリーターの時代を予測しとる。そういえば、営業は売ってはいけません、なんて本も本屋に売っとったな。逆バリこそ成功の秘訣とは天邪鬼なことで。

ところで本書には、無駄な本は読むな、ネット・サーフィン禁止、なんてアドバイスもある。ううむ、だったらなんかもう、俺のやってることなんて、全部ガラクタかいなと。

そのとおりだけどな。

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2007年11月14日 (水)

二作目のジンクス

デビュー作が受賞作。そして異業種が本業。かやた医師、かたや専業主婦。作風が似てるわけでもないけど、思わず類推してしまう背景の相似性みたいなとことがあって、本作にも『ナイチンゲールの沈黙』と同じく、売れる本を書かなきゃならないプレッシャーをどうにかいなして仕上げた典型的な「第二作目」の宿命のようなものが感じられる。

プロ野球でも、新人賞を取ったピッチャーは次の年はなかなか勝てないよなんて聞いたこともあるし。

迷宮のファンダンゴ Book 迷宮のファンダンゴ

著者:海野 碧
販売元:光文社
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何省かわからんが饒舌な『公務員』八木沢は、厚労省の白鳥に姿がダブる。

終盤のドタバタは、流行のエスピオナージものになってしまって、なんだまたかと思ったりもするのだが、米国のキャンプ育ちという一級自動車整備士の大道寺、この魅力的なキャラを最も活かせる場となれば、そこらへんに落ち着くのだろう。『自動車整備士』の『大道寺』に敏感に反応した読者は、これからは『大道寺』と『八木沢』コンビの名前で引き寄せられることになるのだろうね。

正直なところ、まだあんまり面白いと感じてるわけでもないけど、キャラが魅力的で、今後どう展開されるのか、成り行きに興味をもっている。あのお医者さんみたいに、作品がどんどん面白くなってくるんじゃないかと。

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2007年11月13日 (火)

正直マーケティングの時代

人を騙す、というのが厳しく罰せられる時代になった。法律によって罰せられるのでなく、評判がすごいスピードで伝播し、アカンとラベル付けされた事業者がいともあっさり潰れるようになったのだ。英会話学校しかり、精肉業者しかり。

だから、正直ベースの商売をやってゆきましょう、という本。

集客のプロが教える 人を呼び込む大事な考え方と仕掛け方 Book 集客のプロが教える 人を呼び込む大事な考え方と仕掛け方

著者:小俣 洋市
販売元:アスカ・エフ・プロダクツ
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昨日読んだ船井幸雄氏の本でも、陰謀はもう通用しなくなった、と書かれていた。あらゆる角度から商品やサービスが分析され、情報が洩れ洩れになるから、インチキなんかすぐに露見する、隠すようなことは最初からすんなよ、そういうことだと理解した。

ただ、正直ベースの商売ってのは、強引な商法に弱くて、結構あっさりと負けるような、脆弱なところがある。やっぱり、正直ベースの外側にはそれなりに堅い壁、入れ知恵といか、理論武装のようなものでガードしとかないといけない。それが大学でいえば商学部のようなところで教育される内容だろうし、それらは広義マーケティングとでも格好良く呼べばいいのかもしれない。

「正直ベース」+「適正なマーケティング」。

ひとたび顧客にその良さを理解されれば、高い確率でリピートしてもらえるのだけど、最初に集客するのがまず難しい。さらに、信用を作るのには時間がかかるが、失うのは一瞬。正直ベースの商売は、ずーっと正直じゃなくちゃいけなくて、ある段階で信頼を裏切るような行為が発覚すれば、正直ベースの商売は即死する。

正直ベースの商売は儲からないのか。騙して儲ける種類のビジネスと同じ土俵で勝負したら、そりゃ儲かるわけが無いけど、同じ土俵の勝負になってるとすれば、そりゃ最初の一歩の踏み出す位置が間違っとったということだろう。

そういうのを、馬鹿正直、て言うんだろうな。俺のことか。

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正直ベースの商売は、御人好しの商売ということでもなければ、殿様商売とも違う。

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しかし正直ベースは、いわば必要条件であって、それだけで勝てるわけではない。お客様にどのような価値を提供できるかがポイントであることはいうまでも無い。しかし昨今は事業者側の都合やら利益を優先して、『効率』至上主義が蔓延っている。お客様や社会にどのような貢献ができるか、望まれる貢献を志向すれば、会社としての効率は低下するように見える。一見。

だけど、今後はそういう情動のようなものが大事だよ、そういう本。

非効率な会社がうまくいく理由 Book 非効率な会社がうまくいく理由

著者:中島 セイジ
販売元:フォレスト出版
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無駄とか怠惰を推奨しているわけではない、あたりまえだが。最高の価値の提供という偉業は、会社としての効率化を進めても達成できないよ、そういう主張につきる。

面白いのは15年区切りの歴史観。2005年から2020年までは、『成熟ジュク』という腐敗の時代とし、その後の2035年までの精神性(ファインスピリッツ)の時代への準備期間、そのための新しい価値基準(ファインスケール)を作る時代であると主張する。

2005年ですべてが変わったって、昨日も聞いたような気がすると思いきや、あらら、著者の中島セイジ氏は船井総研と深い関係アリ。シンクロニシティなんて言葉も頭をよぎる。この歴史観もなんだかんだで2012年アセンション以前と以後という、船井幸雄氏お得意のトンデモ系論陣と、どっかで重なり合うんじゃないかと薮睨みしたくなってくる。

ただ、商売における三方良し、すなわち売り手・買い手・世の中の三者が揃って幸福となるような商売をめざす美徳は、藤本義一氏が『よみがえる商人道』で解説するように江戸時代にはすでに存在していた。その『あきない』が、剥き出しのエゴと同義にまで堕ちてしまったのは、あるいは市場原理主義のなせる業か。

商売の美徳は取り戻されるものであって、これから初めて作られるものでもない。

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2007年11月12日 (月)

真実が大量のノイズから出現する

本書の冒頭に太田龍氏が「この人(船井幸雄氏)にはタブーがほとんどない」と印象を述べているが、それが本書の核心を的確に表現しているように思う。頭の中の「タブー」という留め金をカチリと外せば、無限の妄想が頭の中で暴れだす。ほとんどは、本当にノイズでしかないが、中にキラリと光る貴重なアイデアが含まれることがある。喩えるならば、大量の砂の中の一粒の砂金。

トンデモ本だ陰謀論だとハナから拒絶するのもよろしいが、面白いと受け止められる柔軟な感受性があるのであれば、頭の体操として楽しむこともできる。想像力の限界を試されるほどの思考の飛躍による快楽(?)というのも、並みの本では到底味わうことはできない。

妄想の背後にもしや一粒の真実があるのではと感じさせるところに書き手の力量がある。本当に信じるとちょっとヤバイ世界がその向こうに待ってるかもしれませんが。

日本人が知らない「人類支配者」の正体 Book 日本人が知らない「人類支配者」の正体

著者:船井 幸雄,太田 龍
販売元:ビジネス社
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ニューエイジの定石として、歴史を解釈し直す、という方法があるのだと思う。歴史ロマンは娯楽の王道でもある。ダヴィンチコードもそうだった。何しろ過去に戻れないわけで、反証しようがないから、ああ、そういう可能性もあるよねと、玉虫色のエンディングとなる。

本書では最後の章で船井幸雄氏がご自身について、「経営コンサルタントとして、若い頃は陰謀・策略、秘密を使って、競争相手と戦う方法をアドバイスしてきました」と告白し、マキャベリズム的方法がもう通用しなくなったと説明されている。陰謀論がもともと御専門だったという驚愕のカミングアウトだが、「もう通用しない」という見解に少々の安心感をもった。

ただ、現在が変革期であるのは紛れも無い事実であり、そういうときには強烈にユニークな発想が必要なのもまた真実。こういうぶっ飛んだ本で脳細胞を激震させ液状化するみたいな方法で、八方塞り四面楚歌の状況を突破できるのであれば、それも価値あるアプローチであることに間違いは無い。

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2007年11月11日 (日)

ワインの味までフラット化する愚かしさ

今朝のNHKの経済羅針盤は『虎屋』の特集。

驚いたことに、羊羹の製造は近代的で衛生的な工場で、ほぼ完全にオートメーション化されていた。伝統に安住せずに、時代に応じて味の変更もいとわない。長く続く伝統というのは、要するに変容の歴史なんだということが痛感される。

で、『変わらなくっちゃ』つながりということになるけど、フランスワインの話。やっぱりNHKでクローズアップ現代だったと思うけど、豪だチリだ南アだって新世界ワインがフランスに輸入されるようになって、歴史あるフランスワインが価格で負けて危機に瀕しているという。安価な輸入食材で国内農業が圧迫されてきているわが国の状況と似たような話だ。

ワインのグローバル化で、日本人の多くは安くてそこそこ美味いワインが楽しめるようになった、いわゆる受益者の側にいる。だけど、甲州など伝統的ワイン産地が、それによって影響を受けないわけがない。パイが限られているなら、すなわちゼロサムとすればだが。もっとも、甲州ワインは世界に類を見ない、和食にばっちり合う、極めて個性的なワインを作っているから、ネガティブな影響は深刻というほどには受けてないのかもしれない。

フランスワインに関しては、新世界ワインは例えばボルドーのクラッシーなシャトーワインを模倣した味を作ってくるから、直接影響を受けてしまうのだろう。その背後にある物語を、ドキュメンタリー映画『モンドヴィーノ』で知ることができる。

モンドヴィーノ DVD モンドヴィーノ

販売元:東北新社
発売日:2006/04/21
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ロバートパーカーという天才ワインテイスターによって、多種多様なワインにわかりやすい100点法の点数がつけられるようになり、消費者としては購買判断の基準ができたと喜んでいる一方で、それがワインメーカーの経営判断を歪めているところが、よくわかった。パーカーの味覚に合う、濃厚芳醇で、新オーク樽香の顕著なワインばかりになってきた。そういうワイン造りに移行すれば、高い得点となり、ワインも売れる。

そういえば、安いワインは色も味も薄いってのが相場だったんだけど、最近の新世界ワインには、濃厚フルボディだけど安いなんてのも存在する。

で、パーカーの嗜好と相性のよい方向性のワイン造りのノウハウをもった(なんて公正な表現か疑問だけどミシェル・ロラン業績紹介)というコンサルタントが世界的にもてはやされ、そういうワインを造る会社がM&Aを繰り返して各国に勢力を拡げてきたもんだから、世界中のワインの味が似てきた。そこらへんの事情を、ロバートモンダビがフランスはラングドックで買収に失敗し、イタリアはトスカーナでオルネライアを買収して創業者を追い出した話から、感じ取ることができる。

お友達同士のパーカーとロランが、マッチポンプの関係にあるところが、あまりに妖しくて可笑しい。ワインメーカーにとっては死活問題であって全然笑える話じゃないのだけど。

百年も前の畑の評価で値段が決まるのも馬鹿げているから、いいワインを造ればすぐに評価されて即いい値段がつくのはいいことだ。だけど、世界のワインがパーカーとロランの方向性、カベルネソーヴィニヨンとメルローばかり、フルボディだけど早熟のタイプばっかりになるってのは、いかがなものか。なるほど、この映画の問題提起もよくわかった。

ワイン業界の危惧は、私達がグーグルに感じている危機感にも似ている。

多様なサイトをそれなりに公正に評価してガイドしてくれるサービスは貴重な存在なんだけど、皆がそこに頼ることで権力の集中みたいな、歓迎できない現象が起こる。グーグルは、パーカーに対応する。するとグーグルで高い評価を得るためにSEOという人工的な措置が行われ、サイトの内容も歪められる結果となる。ここでは、ロランがSEO業者に対応する。

どの業界でも、評価軸を独占されると、同じ構造の問題は起こるだろう。

野放図なグローバリゼーションがもつ邪悪、その好例であろう。適正なコントロールが不可欠なのだ。コントロールを徹底的に排除しようとする勢力があるなら、それは権益を独占しようとする勢力であるかもしれないと一度疑ってみる必要がある。

日本は食糧自給率が40%で、もうやられちゃった後、という状況だけど、今後は保護主義と攻撃されようと、国内農業を再興するのが国家としてのリスク管理ではないか。そういうことまで色々と考えさせられる映画DVDであった。

ただ、生産地の気候の個性、テロワールに頼りきりで変化を放棄てのも、またひとつ極端に向こう見ずな能天気さかとも思われる。いずれ葡萄も、かいわれ大根や舞茸のように、植物工場で工業的に作られるようになる可能性大と想像するし、また、遺伝子工学でこれまでにない美味の品種が登場するというのも、夢物語と切り捨てるにはあまりに現実性のありそうな話。

さて、この映画DVDだけど、ワインの薀蓄が大好きな人じゃないと、全然面白くないだろう。隠れマニアを自負する自分も、見てて何回か眠りに落ちてしまった。

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2007年11月10日 (土)

トンデモであればあるほどオモロイ事情

覇権国家アメリカの衰退を指摘する本は多い。

今目の前の本棚を見ても、『覇権国アメリカの終焉』は明らかにその手の主張の本だし、先日読んだブレジンスキー『ブッシュが壊したアメリカ』も覇権に関する内容、夢をもう一度という内容だったと理解している。

今日手にした本もその類の本ではあるが、不勉強で著者の背景を存じ上げないから、全部真に受けていいものかわからない、そこらへんに懸念がある。

本書でも船井幸雄氏を「日本一の経営コンサル」と読んでらっしゃるし、今目の前の机の上には『日本人が知らない「人類支配者」の正体』なんて船井幸雄氏のトンデモ系の本が鎮座しているわけで、お仲間ということなのかと、微妙な気持ちになってくる。

もっとも、仮説を真面目に組み立てた本と、トンデモ本境界線って、そもそもかな~り曖昧なものかもしれない。

中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日―一極主義 vs 多極主義 Book 中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日―一極主義 vs 多極主義

著者:北野 幸伯
販売元:草思社
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機軸通貨、石油利権、そこらへんから説き起こす解説はとてもわかりやすい。なるほど、背後でそう動いていたのかと、ポンと膝を打った。しかしその後で、いや待てと。これはあまりに具体的すぎてシンプルに過ぎないかと。推測を事実のようにミスリードされたというか俺が勝手に誤解した部分が多々あるのじゃないかと。

情報としての品質を判断できるほど予備知識が無いのなら、本書は仮説として、あくまで一つの可能性として受け止めるのが無難、ということになる。

完全に真に受けるのとあまり実質的に変わりは無いっちゃそうなんだけど、酔った勢いで薀蓄として語る程度にとどめ、ビジネス・シーンなど、ヒンセイを問われるようなオ堅イ場面では、とりあえず全然知らないふりをしておこうと。

エスタブリッシュされたベテランの大先生なら責任上、出版物にあんまり大胆な仮説を盛り込めないと思うけど、そういう箇所にもガンガン独自の仮説を置いてゆける自由な立場の若きアナリストさんというのも貴重な存在だ。隠されているかもしれない背景を、暴露というか、推察して言い当てる可能性もある。そしてなにより、面白い。ある意味、トンデモ度が高ければ高いほど、本として、読み物としては痛快で、オモロイと言って間違いない。

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2007年11月 9日 (金)

箱庭桜宮市が今日はチープに息衝く

桜宮市は首都圏の外れで海もあって、なんだ、茅ヶ崎みたいだと感じるが、大学病院があって、高速が通っていて、茅ヶ崎よりずいぶん大きい都市のようだ。だけど、合計5冊で何度も何度も語られるうちに、読者の側に懐かしさとか愛着みたいなものもできてきて、あっぱれ、これぞ海堂尊医師流囲い込み商法。

でも、今回はお医者様が主役じゃない。

レトロなビジュアル。はしゃぎ過ぎの会話。思い出すのが、007は一世代前のカジノ・ロワイヤル(宇宙船が出てくるお色気ギャグ作品ね)、ビートルズのマジカル・ミステリー・ツアー、そしてオースティン・パワーズ。

全部大英帝国系、偶然だが。

楽園、前畑滋子の家も鉄工所だった。アタマの中で町工場がミニ・ブレイク中。だけど本作では工場というより、痛くない注射針の岡野工業のような、超ハイテク研究開発型。紅の豚の飛行機工場とか、キューブリック+スピルバーグのアンドロイド映画『A.I.』でのロボット町工場、そしてバック・トゥー・ザ・フューチャーのドク(エメット・ブラウン博士)のラボを彷彿とさせる。

ハイキーなノリに面喰いながらもメゲずに読み進めば、『ナイチンゲールの沈黙』と突如世界が繋がって、俄然興味深くなってくる。事前に、浜田小夜と牧村瑞人が誰だったか、復習しとくのがいいかもしれない。

夢見る黄金地球儀 (ミステリ・フロンティア 38) Book 夢見る黄金地球儀 (ミステリ・フロンティア 38)

著者:海堂 尊
販売元:東京創元社
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で、表紙の絵からも、ペーパーバックのような軽量装丁からも推察できるように、結局、かなりチープな内容となっている。だがそれも、バリエーションとしてありえるテイストの一つかな。毎回重厚な高度医療ドラマじゃ、飽きちゃうでしょうと。俺は飽きないけど。

抱腹絶倒ジェット・コースター・ノベルと裏表紙に紹介されてるんだけど、確かに、伊坂幸太郎『陽気なギャング』シリーズあたりの「ライト」な娯楽性を思わせる。終盤の仕掛けも面白い。だけど、細部の詰めがちょっと強引でかなり無茶してて、バタバタっと時間切れで脱稿を急いだのかなとも思えて。目出度しメデタシのラストだって、子供向けのファンタジーかと思えるぐらいアンチ・リアリズム風誇大妄想型超激甘口。

なんでもホドホドというのがよろしいようで。

だけどあれだ。不運な事件で解雇せざるをえなかった社員を、なんだかんだで手厚く面倒見るエクセレントな企業のような、海堂尊さんの作にはホットウェットでセーフティー・ネットな安心感があって、なんだかいいね。フィクションの世界ぐらい、いい奴がハッピーになる、勧善懲悪やら社会正義やらをナイーブに信じていたいし。

登場人物は色々なところでリンクして、ネットワーク化して、桜宮市宇宙に厚みを加えてきている。

すでに結構な数のキャラが登場してて、フーズフーのような形で、整理が必要な時期か。畠中恵さんの「しゃばけ」ワールドも参考書みたいのが出るらしいから、そろそろ海堂尊さんのも欲しくなる。あの、サザエさんの秘密、みたいなマニアックなやつが嬉しい。

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2007年11月 8日 (木)

自己愛マキャヴェリストは暴走する

利益至上主義の外資系の会社にいると、こういう感性は磨かれるのかもしれない。

どこの会社にもこういうマキャヴェリストみたいなヤツはいて、壁に個人別売り上げ表とか掲示して、社員同士の競争を煽ったりする。だけど、そんな競争に本気で付き合う人は多くも無い。ある日、背中をけとばされて、会社を出てゆくことになるのだろうけど、それだって、花束貰って感謝されて去ってゆくのと比べて、そんなに違わないじゃんと言われれば、まあ確かにあまり違わないという見方もできなくもないのだ。

ちなみに、『イヤなやつほど成功する! -マキャヴェリに学ぶ出世術』という本では、手段を選ばぬマキャヴェリ的生き方で成功することを説く。また、本記事後半で述べるが、『なぜイヤなやつほど出世するのか』という本では、ナルシシストという性格タイプに注目し、人の話を聞かず全部自分で決めたがる人達、ある意味マキャヴェリ的な人達への対処法を論じている。

部下は育てるな!  取り替えろ! !   Try Not to Develop Your Staff (光文社ペーパーバックス) Book 部下は育てるな! 取り替えろ! ! Try Not to Develop Your Staff (光文社ペーパーバックス)

著者:長野 慶太
販売元:光文社
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金儲けのために会社を作ったとしよう。管理職には、この本に書かれているような、鼻息荒い人が適任でしょう。褒めて、モチベートして、脅して、短期的なノルマの必達を求めます。どうせ社員の定着率なんて低いし、新卒なんて来るわけ無いから、育成なんて確かに不要。必要な人を必要な期間、派遣会社から送ってもらいます。

だけど、いわゆるエクセレントカンパニーは、そんなことにはなってない。米国の会社だって、終身雇用に近い会社もある。GE(ゼネラル・エレクトリック)も長期雇用の会社だったと記憶する。人は育て、生え抜きのなかから次世代の幹部や経営者を輩出する。社員が誇りにできるような文化があって、会社も長き寿命を得ることができる。拝金モチベーションだけでは、そう長くは続かないだろう。

焚書、なんて表紙に書いてあるけど、大袈裟なことだ。小さい会社を急速に大きくしたいなら、誰でも考えることで、新しくもないし、間違いでもないし、いわば必要悪。タブーを書いちまったよ、ということで、下品なことではあるが、特に反社会的なことでもないのだ。

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さて、手段を選ばぬマキャヴェリスト。何か特殊な幼児体験でもあったのかと疑いたくもなる。それが一つの性格類型であることは間違いないのだが、学術的にはそういう括りで分類しないようだ。

フロイトによる、「エロティック人格」、「強迫型人格」、「ナルシシスト人格」、加えてフロムによる、「マーケティング人格」。この4つの類型で論じているのが、次の本。

なぜイヤなやつほど出世するのか Book なぜイヤなやつほど出世するのか

著者:マイケル・マコビー
販売元:講談社
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自分のことしか考えないというのは、まさにナルシシスト人格。だけど、ビル・ゲイツやジャック・ウェルチもこの類型という。ビジネスを大成功させるカリスマみたいな人に多い反面、本人はいわゆるEQ(心の知能指数)的能力が欠如してるから、パートナーシップ作りのうまい人と組まないと、孤立してあっさり破綻したりするという。

そういえば、カリスマ創業者には優れたパートナーがいたとはよく聞く話。ソニーといい、ホンダといい。

ナルシシストが成功するか落伍するかは、「生産的側面」が発揮できるか、「戦略的知性」を持ち合わせているか、この2点にかかっている。

で、この本のすごいところは、ナルシシストと仕事するときに注意する点なんて説明してるとこ。「ナルシシストのあしらい方」なんて名前の章を割いている。至れり尽くせり。なんとも実践志向なことである。

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2007年11月 7日 (水)

これからの人に贈る自己啓発書

コーチが部屋の中にいる。ぐうたら寝ている。これは新しい。

妖の類なら座敷童(ざしきわらし)となるが、象の姿を纏った神であるガネーシュが、成功哲学を教えてくれるという。ドラゴンとともに少年が成長するエラゴン/ドラゴンライダーを思い出した。

ただ、大人向け自己啓発のスタイルではない。本書のターゲットは、部屋にこもりがちな、運命のいたずらで就職氷河期に遭遇してしまった世代ということになるのかなあと。

夢をかなえるゾウ Book 夢をかなえるゾウ

著者:水野敬也
販売元:飛鳥新社
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寓話といっても、日常生活をちょっとだけ延長したもので、想像力が著しく欠如してようと、何を伝えたいのか理解ができる。これは、読者層を想定した上での著者側の配慮といえる。一般のビジネス書、自己啓発の本と比較すれば、甘ったるいことは否定できないのだが、そもそも活字離れした世代に読ませようとするなら、このぐらいの工夫は絶対必要不可欠。

若年層向け自己啓発という、新しいカテゴリの本と呼ぶべきなのかもしれない。

おじさん達が読んで楽しいか疑問だし、そこらの自己啓発書以上のことは書いてない。読む人を選ぶ、ということだ。

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この本とちょっと似たトコあるのが、名作、森絵都『カラフル』だ。

カラフル (文春文庫 も 20-1) Book カラフル (文春文庫 も 20-1)

著者:森 絵都
販売元:文藝春秋
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一緒にすんじゃねーという声が聞こえてきそうだ。

こちらは図書館では児童書の棚に入っているが、大人でも泣けるし。

前述『象』のほうは、若者に『働け』というメッセージだが、こちらは青少年に『生きろ』と。いいかげんな天使「プルプル」はガイドで、横着でぐうたらのガネーシャとオーバーラップする。

優等生のコーチなんて今さら流行らないのかも。

『象』がギャグ漫画風なのに対し、カラフルはスピリチュアルな含意と心模様の陰影に富んだ寓話に仕上がっている。ここらへんはさすがに圧倒的な筆の力を見せ付けられる。

ガネーシャは大雑把なことを言っているように見えて、しっかりツボを押さえたアドバイスをまめに教えてくれる。だが、プルプルのほうは、最初に環境の大枠を主人公に与えると、主人公は自分で環境から気付き、学び、成長してゆく。ドラゴンライダーと対比すべきはカラフルのほう。

ガネーシャの飄々としてしかし甲斐甲斐しい指導ぶりには頭が下がる。引きこもりがちな現代の若者は、若者目線で、手取り足取り指導しなくちゃいけない。そんな厳しい現実を伝えているように感じられる。

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成功は最高のデオドラント

尊敬される男は、やっぱりモテる。

そりゃそうだろ。オンナにとっても、友達の彼氏が一目置いてるような存在だから、悪い気がするわけもない。成功は最高のデオドラントだっていうけど、嘘じゃない。嘘じゃないけど、万能じゃない。最低限、常識的な身だしなみは必要不可欠だ。

で、オトコは忘れがちなのが、香りのマナー。無臭の人はいいけど、臭いが軽微といわれる日本人も、ある年齢から、やっぱり気にすべきとされる。同僚にも、娘さんから心無い言葉を浴びせられてイタく凹んでたヤツがいた。

男も99%は外見だよなんて言う人もいて、そりゃどんぐりの背比べ状態では嘘じゃないけど、外見はまあいい、整形はとりあえず視野の外に置いとける。臭いに関しても、清潔ならそれでいい。あえてコロンなるものを買ってきてつけるというのも、抵抗がある。

実は、学生の頃にブランドとかフレグランスの研究が好きで、色々買って、試して、結局、飽きた。もうそこに金をかける気は無い。というより金は無い。10年以上前のシャネルのフレグランスが何種類もごろごろそのまま転がってて、寿命は1年て聞いてたけど、今でも香りが変質してるわけでもなさそうで、なんだかまだ使えるような。微妙にクサっとって自分にゃわからんが、他人様には天にもノボるような未知の世界のカホリ化してるのかも。

いや、フレグランスには流行があって、古けりゃ爺趣味とこき下ろされると聞く。ならば、今流行中の香りって、どんなのかいな、と。ネット上を探してみれば、昨年の正月にAll Aboutの記事で「日本人の男に似合う香りはこれだ!」なんてランキングがあった。

  第1位: ディオール オム :50ml ネットでの実売価格5千円ぐらい

  第2位: イ ッセイミヤケ ロ-ドゥ イッセイ プールオム

  第3位: ジョルジオ・アルマーニ アクア ディ ジオ プールオム オードトワレ

  第4位: ポリス インターアクティブ フォーヒム オードトワレ

  第5位: ラルフローレン ロマンス フォーメン オードトワレ

ナルホド、1位のディオールはちょっと興味を感じますな。今度デパートでチェックさせてもらいましょう。

買うならこれかなと思ってたシャネルのアリュール・オム・スポーツなんて入ってなくて、逆にホッとした感じもあるけど、ありゃりゃ、エゴイストもアンテウスもプール・オムもまだ売ってて現役じゃんか。買う前に、あの転がってるやつらをダメ元で試してみるかなと、吝嗇家なことも考えてみる。

ま、だけど商売柄、オンでは清潔一番、汗のニオイはご愛嬌でご容赦いただく。ここらへんが無難な落とし所か、やっぱり。

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2007年11月 6日 (火)

チャンスの女神は前髪しか無い

超大国の内部から反省文が出てくるとは意外な。

いけないことをしました。でも、あれはボス一人が悪いんです。ボスが替われば、また正義の味方になって、大暴れします。俺らが正義だし。世界はそれを望んでるはずだろ。

やっぱり反省文じゃない。

まだまだ暴れますって決意表明。あの指導者を選んだシステムに問題があるのかと思ったら、後から後から、本気で世界制覇しようってな誇大妄想気味で危なっかしーのが出てくる。

そんなわけで、本書は季節外れの怪談みたいなもんで、読めばうすら寒~い気持ちになれる。

Second Chance: Three Presidents and the Crisis of American Superpower
原書
Book ブッシュが壊したアメリカ―2008年民主党大統領誕生でアメリカは巻き返す

著者:ズビグニュー・ブレジンスキー
販売元:徳間書店
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あの超大国は、ニッポンとしては頼れる兄貴であったはずが、いつの間に、どうしてこうなってしまったのだろうか。この著者も日本なんか駒ぐらいにしか見てない。今まで周辺国と良好な関係を確立してこれなかったツケで、同盟国として超大国に頼らざるをえず、属国の謗りを免れないニッポンとしても、やっぱりちょっと距離を置きたい存在に見えているのは、本書であちら側の視点から的確に分析されているとおり。

もう一回、頼れる兄貴になります、って、それでセカンドチャンスってんだけど、覆水盆に戻らず、って格言がこの国にはあることを誰か酒の席ででも紹介してやってくれ。

まあでも、こういう本が自由に出版できるんだから、ニッポンも超大国も、いいトコだわな。

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2007年11月 5日 (月)

いずれ地獄か煉獄か

既得権者側にある政権与党に思い切った大手術などできそうもない。では、2大政党のもう一方に政権が移ったらできるのかといえば、またまた政権が転覆するのを恐れて、やはり思い切った手は打てない。となれば、本書で著者の浅井隆氏が予言するように、このままずるずる国家破産へと至り、ちょっと前のロシアのような悲惨な状況となることも、ありえる話だ。

そうなる前に、例えば増税と、公的出費に大鉈をふるい、予算の適正化ができるのかと考えたときに、不安定な2大政党制で、本当に中長期ビジョンをもった政策が実行できるか、疑問に思えてくる。野党側の党首さんに、大連合でどうですかともちかけた与党側の老獪さにも舌を巻くが、それを速攻拒絶できずに辞任も視野に入れざるをえなかった党首さんの無念もわかる。

奇しくも、本書で予言されるデフレの『どつぼ』は、2012年。またぞろ、2012年に何かが起こるというネガティブな予言なのだ。

天国と地獄―2010年から史上空前の世界経済大変動がやってくる Book 天国と地獄―2010年から史上空前の世界経済大変動がやってくる

著者:浅井 隆
販売元:PHP研究所
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余談ではあるが、日経新聞ともう一誌読んどきなさいというアドバイスが、あれれ、ちょっと古典的な香りが漂ってきて、意外な印象。あの大前研一氏も、新聞購読なんてやめとけと言われるし、ご自身でも何年も前に解約したと聞く。大手メディアは大本営発表と疑う習慣の身についた方は少なくない。ニュースはとりあえずネットでいい、ということになるはず。なのになにゆえ。著者は毎日新聞の記者さんがご出身だそうだけど、まあそれはあまり関係無いか。

今そこにある危機を認識させてくれるという意味で、いい刺激を与えてくれる。ただ、その結論は鵜呑みにできるものではないし、著者とて鵜呑みにすることを期待してはいないだろう。本当にこの予測がぴったし当たってしまうようでは、あまりに悲しい未来ということになる。

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もし読むならジョークとして

ジョージは、糞真面目な餓鬼だった。

ミステリー小説の往年の大家、シドニー・シェルダン氏の作品がこんな内容で始まると来れば、やたっ、政治風刺か、と思わないわけがない。

そのうちパパの背中を追いかけて当選し、石油を求めて、、、てな話で、なぜ超大国があんなことになっているか、その解題を寓話風に進めるという、さすがシェルダン先生、やることがスゴスギ、なんて勝手に想像して亡き巨匠の生前のご活躍を偲びながら興奮しながら読み進めるわけです。

そして作品は、唐突にシュールな終わり方をする。

はい?

これ、本当にシドニー・シェルダン作でしょうか。

もしや、御幼少の砌(みぎり)の習作を集めました、なんてことぢゃ。

新十戒 Book 新十戒

著者:シドニィ・シェルダン
販売元:アカデミー出版
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で、原書はどうなのかと探してみるのだが、見当たらない。こういう作を出版すれば、シドニー・シェルダン氏の名声は毀損されることはあっても上がることは無い。

ゲームの達人で英語のヒアリングを勉強した世代としては、シェルダン氏があまり悪く言われるのは気分のいいもんじゃないよな。

そういうのは出版しない、本国の出版社がそういう姿勢を決めたのなら、そちらを支持する。

本書は、忘れることにしよう。

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2007年11月 4日 (日)

やわらか頭を作るウミガメのレシピ

タイトルに釣られて読んだ、『なぜ、エグゼクティブはゴルフをするのか』。いたって「ゆるい」ビジネス書で、気分転換のためにリラックスして酒でもちびちびやりながら読む種類の本であった。

で、その手の、ゆるいビジネス書、今後はイケるかもしれない。

書店では、パコ・ムーロ氏の最新作『なぜ、エグゼクティブは書けないペンを捨てないのか?』がすでに平積みされていた。こちらも相変わらず、ユルくて、子供向け童話のノリの、寓話の世界。

さて、ポール・スローンと言えば、うみがめのスープ。ニッポンで言えば、頭の体操。こうした水平思考は、ビジネスの実戦ではどう活かされるのか。ユルい本であるのが当たり前だけど、ビジネス書までユルいとなると、ちょっと意外な気もしないではない。

イノベーション・シンキング Book イノベーション・シンキング

著者:ポール・スローン
販売元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
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イノベーティブなすごい発想法が書いてあるというわけではなかったような。企業にはイノベーションが必要で、そのイノベーションを可能とするための発想法、それが水平思考ですよ、ということなのだ。

本書のあちらこちらで、なぞなぞというか、パズルというか、そういう趣向の創造性刺激ツールが鏤められている。なぞなぞは簡単ではない。その切れ味加減は流石のひと言に尽きる。

The Leader's Guide to Lateral Thinking Skills: Unlocking the Creativity and Innovation in You and Your Team
原書

さらに、項目の多い箇条書きが並び、緻密に見えて、しかし大雑把な人生訓のようなものが並んでて、具体論といえばゲームが巻末にいくつか紹介されてて、そのなかにブレインストーミングが含まれているような。

大企業が研修としてやる、息抜きのような集合啓発行事のネタとしてはいいかもしれない。だけど、早急にアイデアを出さなきゃいけない追い詰められた状況で、どの程度役に立つ内容かといえば、いかがなものか。いや、未知数といっておこう。

なにやらやはり、『なぜ、エグゼクティブは』シリーズのパコ・ムーロ氏にかなり似た、ゆるいノリだと感じてしまうのであるが、息抜きも創造性には必要と考えれば、ゆるい本はゆるい本としての効果があるということにもなる。なるほど、だから、うみがめのスープなわけですな。頭の体操、そして微妙なユーモア。

ビジネス書には、ユーモアも、頭の体操みたいなトコも、もっとあっていい。

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罵詈雑言は愛情と憧憬の歪んだ表現

お国をあげて敬虔なクリスチャンだとばかり思っていた、太平洋の彼方の超大国。

建国の頃から政教分離で世俗的政治体制だったはずだけど、スピリチュアルな発言を繰り返す現在の指導者を見てると、ニッポンで喩えていうなら、細木和子さんや江原啓之さんが内閣総理大臣をやってるような感じだろうか。

あちらのお国では急速にニッポンのことが忘れられつつあるというから、いい機会だ、属国なんて揶揄される不名誉の衣を脱ぎ捨てて、周辺諸国との新しいパートナーシップ確立をめざすべし。

その時期に、その超大国の御乱行を揶揄する本を、それも日本でだけ出版するというのも、欠席裁判というより仔犬の遠吠えみたいな。すこぶる楽しく読めるのではあるが、ネタもこのぐらいの情報量だとわざわざ米国に取材に行く必要もなかったじゃん、とか。

余計なお世話だな。

アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか? Book アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか?

著者:矢部 武
販売元:あさ出版
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面白きゃいいじゃん、確かにそうだ。世界反米ジョーク集のような本ということでもいい。だけど、ボロクソに言いたくなるって、それ、愛情とか憧憬の裏返しでしょ。過去の蜜月を懐古なんて趣味は御免蒙りたいわな。それに何が悲しいって、徹底的にコキ下ろしたつもりが、結果的に仰いで唾する構図になってしまっているわけで。

日本でもメタボ予備軍が増えた、なんて表層的なことではない。拝金は罷り通る、格差は拡大する。政治家は富裕層のために動き、社会正義なんてものは瀕死状態。教育は荒廃する。親はモンスター化する、あ、これはニッポンだけだな

何がマシって、銃が街に蔓延してないことぐらいか。

ニッポンてのは本当にユニークな存在だったと思うのだが、いつのまにか染まらなくてもいい色に染まったというか白っぽく脱色されたというか、バナナになってしまった今、ニッポンて海外からみたら、もう飽きちゃったというか、退屈な存在だろうなと想像はつく。

急には変われないとしても、ニッポンのポジショニングてのを考えて行動してゆかないと、夢無き単調右肩下がりの未来が待ってるような気がしてくる。

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2007年11月 3日 (土)

「運」に振り回されないための知識武装

マーフィーの法則とかパレートの法則は知ってはいても、偶然の皮肉を表現する以外に用法をしらなんだが、リチャード・コッチの古典的(なんて言っては失礼だが邦訳版1998年出版の)名著『人生を変える80対20の法則』では、これを実践の場でどのように生かすのかを示唆してくれていて、目が覚めるような思いをした。

ポアソン・クランピングに関する本書の説明も、そういう感じ。言葉として知っていることと、頭でそれなりに理解していることと、実際にどう使うかまで体得しているのでは大違い。本書では代理体験のような寓話のような話を通じて、知識がそれなりに定着してくれるようだ。

運は数学にまかせなさい―確率・統計に学ぶ処世術 Book 運は数学にまかせなさい―確率・統計に学ぶ処世術

著者:ジェフリー S.ローゼンタール
販売元:早川書房
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客商売をしてると、常時行列店や慢性閑散店の上下の極端な例を除けば、お客様においでいただけるときはかたまっていらしていただけるけど、来ないときは全然来ない、なんて現象によく出会うんだけど、あの感覚を思い出す。ちょっと疲れたハートだと、シンクロニシティだ、シンクロデスティニィだなんて、チョプラ先生の受け売りまで始めてしまいそうな。 Struck by Lightning: The Curious World of Probabilities
原書

偶然の一致ってのは、計算してみると、思ったより頻繁に起こる。

直感の歪みが諸悪の根源。「不運は皆さんお誘いあわせでやってくる」なんて騒ぐ前に、一度冷静になって、それがどの程度の稀有な現象なのか、簡単にモデルを作って計算してみるといいということですな。

エレベーターも団子状態でやってくる、というか全然来ない。渋滞は自分の周囲だけ。売り切れた後に客が来る。団子を作りすぎた日には客が来ない。なんだかやっぱり、マーフィーの法則みたいになってきた。

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2007年11月 2日 (金)

歳重ねクリティカルな感情コントロール

自分でもいい歳こいて何やってんだろうと思うことはあるのだが、歳を省みないといのもメンタルなアンチ・エイジングの秘訣であることは、言われなくてもなんとなくわかる。でも、知らず知らずのうちに、ココロは『頑固』化して、自分では軸がぶれないヒトになりましたと満足そうにしてても、周囲からみれば迷惑千万、なんてこと、よくある話なんだろう。

老化は感情面から始まる(人は「感情」から老化する―前頭葉の若さを保つ習慣術 (祥伝社新書) )。感情のコントロールができなくなった暴走老人! は待つことができないという。

感情をコントロールする。成熟したオトナなら身につけていて然るスキル。キレる青少年というのも不気味な社会を反映しているが、お年寄りがキレるようになったのは、社会が悪いのか、ご本人の問題か。

「自分の価値」を高める力―365日、クリエイティブに生きる法 Book 「自分の価値」を高める力―365日、クリエイティブに生きる法

著者:渡部 昇一,ウエイン・W.ダイアー
販売元:三笠書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

感情をコントロールするというのは、感情を押し殺せということではない。外部から感情を通じて支配されえぬメンタリティとすること、外部の評価を気にせずに自分自身の価値に気づくこと。それらを、精神分析医のダイアー博士(公式サイト)(Wiki)は上下に示した2冊の本でそれぞれ説いているが、それらは表裏一体。よく使われる言葉でいえば、達観、ということ、そして、悟り、ということになろうか。

本書 (旧称『自分のための人生』) の原書『Your Erroneous Zones』は1976年の出版で、ダイアー博士を世に知らしめた超ベストセラー、3千万部が売れたという。

Your Erroneous Zones
原書

「頭のいい人」はシンプルに生きる―「快適生活」の方法 Book 「頭のいい人」はシンプルに生きる―「快適生活」の方法

著者:ウエイン・W. ダイアー
販売元:三笠書房
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かたや、『「頭のいい人」』 (旧称『どう生きるか、自分の人生!』) の原書『Pulling Your Own Strings』は1990年の出版で、間に14年ほどの時間が挟まっているのだが、両書はとても整合性のとれた、姉妹書であるかの印象。

両書とも、あんたはあんた、自分で勝手に頭の中に作った不適切なイメージをぶっ壊せ。そういう主張は共通。

で、こちらの本で注目する、支配せんとする際のメンタルな干渉、というか脅し。特に悪意もなく、相手の性格みたいなもんだからたちが悪い。軽微とはいえ、それは突き詰めるとマインドコントロールに至る、ヤバい世界だ。

なんであんなヤツの言いなりになってんだよ、というありがちな状態だわな。

メンタルな防衛のテクニックみたいなもんが必要なのだ。

Pulling Your Own Strings: Dynamic Techniques for Dealing With Other People and Living Your Life As You Choose
原書

ところでダイアー博士は最近も本国アマゾンのランキングを賑わしている。驚くべきことに、その内容は、Tao、すなわち道教に関するものだ。上記2書ではオリエンタルな香りなんてまったく感じなかったのに、なぜ、中国古典思想に傾倒されるに至ったか。

もともとTaoは静かなブームであったらしいのではあるが。

宇宙と人生の根源的な真理の世界、『道』(Tao)。インドの古典哲学をベースにしたチョプラ博士を思い出すが、チョプラ博士はインド出身。ダイアー博士はデトロイト出身のちゃきちゃきアメリカンなホワイトなのに、何があったのだろうかと、余計なお世話だが、勘ぐりたくもなってくる。野次馬根性じゃなくて 学術的好奇心で、ね。

それにしても、『人は「感情」から』の和田秀樹氏は『歳を取ったら嫌われないようにしなきゃ』っていうし、ダイアー先生は『他人がなんと言おうと気にするな』っていうし、はなはだ矛盾したこと言われてないかと。

これは程度問題ということなのだろう。嫌われず、軸をぶらさず。八方美人でなく、家族と親しい友人と関係者とうまくやってくけるのなら、あとは迎合する必要無し。連帯を求めて孤立を恐れず。

それにしたって、長い時間かけて築いた信頼関係は、一瞬にして、他愛ないひと言でガラガラと崩れるもの。歳をとってそんな形で貴重な人間関係を失うのは余りに悲しいから、とりあえず、脊髄反射はせぬよう鍛錬せよと。

ほっといても頑固になってく自分の脳をうまく懐柔して、幸福な人生を謳歌しましょうよと、親切なアドバイスなんだが、なんだか残酷な宿題をもらってしまったような気分になるのだ。

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2007年11月 1日 (木)

科学と和むニューエイジ

書店のベストセラーコーナー、最近では、『ザ・シークレット』はじめ、「引き寄せの法則 (The Law of Attraction)」関連の書籍が平積みで並ぶ。スピリチュアルはブームとなった。

本で出来た棚田の中に、ひときわ大きいムックサイズのスピリチュアル専門誌スターピープル・フォー・アセンション―新しい時代を生きるためのスピリチュアル・マガジン (Vol.23(2007Autumn))が置かれていて、そのなかに記事としてスピリチュアルの推薦図書が紹介されていた。で、衝撃的であることに、リサ・ランドールの『ワープする宇宙』がそこに挙げられている。

そりゃ5次元には違いないけどね。アセンションして行く先も5次元でしたか。茅ヶ崎の本屋で「ワープする宇宙」がチャネリング本の棚に置かれてたときには絶句したけど、理論物理にそういう解釈を与えてしまうてのも超絶Cool!といえばそうなのかもな、もしかしたら。

数式が無いから思想や宗教の本というわけじゃないだろうに、リサが泣くぜ。

この専門誌に収録されてる記事というのも玉石混交だったのだが、はて、玉といえるのはどの記事どの宗派であるだろう。この業界で、玉とは。商業的には江原啓之氏が成功してるのは言うまでもないが。

既存の宗教てのが科学とモロに喧嘩をしても教義を変えようとはしない。だから信者のほうが自主的に斟酌して、現代の常識にあまりに矛盾するとこはあくまでメタファーですとして受け止めることで、科学と宗教への信頼のバランスをとっている。

だが、スピリチュアルの業界世界では、科学を取り込み、現代にあってアナクロな印象を払拭することに成功しているグループが少なくない。ディーパック・チョプラ氏の提唱する世界観も、そのサイエンスとうまく折り合った例であり、神の存在に言及するというよりは、宇宙に充填されたスピリットを高次元の存在と考え、人格神というより、人間そのものに神性が宿るという考え方 と俺は理解しているがな

富と成功をもたらす7つの法則―願望が自然に叶う実践ガイド Book 富と成功をもたらす7つの法則―願望が自然に叶う実践ガイド

著者:ディーパック・チョプラ
販売元:大和出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

余談だけど、ご子息ゴータマ・チョプラ氏が書かれたスピリチュアル系寓話(夜明けの子供―賢者と、富と幸福の秘密 )なんてのが、今、書店でやはり平積みになっている。宗教では世襲がお約束かもしれんが、パパの顔が見えた感じでなんだか新鮮で微笑ましくもある。

新興宗教たる『牙』を露わにしたトコもあるような『あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間』に比べれば、『7つの法則』は至ってソフトタッチ。1994年の原書ということもあるだろうが、他の宗教とも明確な対決軸をもたないなんてとこは、やはりちょっとだけ仏教に似たトコもある。

The Seven Spiritual Laws of Success: A Practical Guide to the Fulfillment of Your Dreams
原書

チョプラ思想は、ひらたく言えば、インドの古典哲学と、西洋医学と、理論物理をかけあわせた考え方で、その根底には、病は気から、治癒には西欧的対症療法では限界があって、メンタルも含めたホーリスティックな方法が必要だとの考え方がある と思われる。

ただし、西洋医学のニュアンスはあまり感じられない。富と成功がテーマだからということもあるだろう。だが概して、チョプラ氏はその著作では、モチベートするとか、いわゆるコーチングのようなポジティブな側を前に出しているような気がする。チョプラ・センターなど、商業的に成功しているのはむしろヒーリングの側だと勝手に思っているのだが。

なるほど、心のケアを必要としている人に、世界は7日で作られた話をしても、日頃のサイエンス付けのココロには、確実に拒否反応が生まれて、治癒の障害にはなっても助けにはならないかもしれない。だったら、多少難解ではあろうと、サイエンスと対決しない、さらに最新のサイエンスを取り込んだ世界観を示せるのなら、患者も特に抵抗無く、ああ、そういう考え方もあるのだなと、妄信ではなく、治癒の術者との間にその教義を媒介とする信頼関係・ラポールが築かれ、心身全体としての治癒は進むことになるだろう。

ただ、本書ではこうしたヒーリングの話は出てこない。むしろ、成功哲学の色彩が強い。だからということだろうか、7つの法則では『ザ・シークレット』でいうような引き寄せの法則と驚くほど似ているところがある。

本書は真剣になればなるほど、難解に読める。斜め読みもできなくはないが、おそらくほとんど実になる情報は吸収されないだろう。読んで考えることに価値のある本ではないかと思う。

そんなに努力しなくても、最小限の努力で願いは叶うなんて言い方をしているが、それは表面的な話で、願えば願うほど体もメンタルも準備されるし、努力もしたくなってくる、というあたりが真相なのではないか。そういう努力に苦痛は伴わない。

科学とガチンコ勝負するドグマを露骨に強要してくる旧来宗教にはどうしても抵抗ある人でも、こうしたサイエンス融和型の思想であれば、アリなのではないか。どのみち、ドグマはドグマであって、妄信が危険であることに違いは無いのだが。

さらに、宗教じゃなくて哲学のひとつあるいは教養として消化・吸収できるものであれば、こうしたニューエイジ思想も健全で実利ある新しい選択肢として少なからぬ人達に受け入れられる時代となってきたのかもなと考えるのである。

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