共生の時代、しなやか仏教が熱い:21世紀 仏教への旅 朝鮮半島編
仏教への飽くなき探求を続ける五木寛之さん。
瀬戸内寂聴さんのように、いっそ出家してしまう手もあるだろうけど、108の煩悩(日韓共通なのですな)を断ち切って『卒業』されるより、あえて俗世を選ばれ、プロのお坊さんもかくや、という仏教研究をされていることは、機関銃のように出版される本の数からも明らか。
氏の仏教をめぐる旅は、いつかそういう巡礼の旅をしてみたいと思っていても、なかなか実現できないフツーのワタシたちに代わって、代理体験して、見たこと聞いたこと考えたことを、ワタシたちに伝えてくれる。ありがたいことです。
そういえばこの企画、NHKハイビジョン特集とのコラボでしたよ。新旧シルクロードシリーズといい、NHKならではです。公共放送の面目躍如。
氏の旅は、前作のインドの旅に続いて、今回は韓国へ。日本に仏教が伝来した経由地ということはもとより、かつて五木さんが幼少期、ご両親と福岡から半島に渡り、ソウルへ、そして平壌で終戦を迎えたという、いってみれば氏のルーツに帰る旅という側面もあったのですね。
その韓国では、今、仏教が熱いといいます。
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21世紀 仏教への旅 朝鮮半島編 著者:五木 寛之 |
本書の終盤では、「無所有」の教えが紹介されてます。
所有するから拘りが生まれる。一つしか無いものを奪い合うから戦いが起こる。聖地、なんていうのもそのひとつかもしれない。すべては移り変わる。今生きてゆく中に地獄も極楽もあり、すべて人の心の作り出すもの。苦しくとも、とにかく、まず生きよと。そういう感じで、ワタシも完全には理解できてません。
裏表紙に仏像の写真が載ってるのですが、これを見るにつけ、同じ仏教芸術でも美意識が全然異なると直感されます。でもそれ以外、仏教が教えるツボのようなところは、韓国と日本でよく似ていると感じられます。韓国経由で伝来したのだから当然との考え方もあるでしょうが、世界中でその土地と人々に順化して独特の発展を遂げてきている仏教のこと、この類似性は、同じモンゴリアン、似たような気候で同じようなモノ食っててその他もろもろ共通項が多いことのなせるワザ、ということなのでしょうかね。
儒教とキリスト教の国とされた、その韓国で、今や仏教徒は人口の1/4に達し、数の上でキリスト教に拮抗しようとしているといいます。それはすごい。
一方、急速に少子高齢化が進み、日本以下の出生率となり、さらに、なんと日本以上の自殺率。こんなとこまで驚くべき類似性。
悪いトコまで似すぎているからこそ、なにかとお互いに感情的になりがちなのですかね。
韓国では、仏教寺院の90%以上が曹渓宗、すなわち禅宗だそうです。僧侶は基本的に肉食妻帯せず、厳しい戒律を守って修行し、五体投地で礼拝するといいます。その一方で、より柔軟な生き方、あるいは破戒僧とも揶揄される生き方を選んだ僧もいらしたとのこと。そこには、ひとたび悟りをひらけば戒律の役割は終わるとし、その後は俗世に降りて衆生を導くべしとの考え方があるということです。
護国宗教としての戒律の厳格性と、庶民の救済のために身にまとった柔軟性。両極の間に広がるこうした多様性は、人それぞれの事情を尊重し、広く救済してゆこうとの姿勢が結実したものかも。このしなやかさは、世界宗教に成長した仏教の特質と言ってもいいでしょう、きっと。
他の宗教を拒絶するわけでもなく、あるいはそれは、多神教ならではのおおらかさ。グローバルな共生を論じなくてはならない時代の、共存に優しい宗教。そういう捉え方もあっていいかもしれません。
巻頭の写真、僧侶の姿は、東アジアに共通する佇まい。その凛とした姿は、シルクロード亀慈国の高層、鳩摩羅什のイメージ(NHK新シルクロードのキャストさんですが)とだぶって見えましたよ。そしてシリーズ次回作は中国の旅とのことで、こちらにも大いに期待が高まってワクワクする今日この頃です。
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