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2007年3月

2007年3月31日 (土)

乾いて接着力の無くなったポストイットのような男と女の出会う不幸:『沖で待つ』

ダメンズのクラタマさんの最新作を読んでいる。感心したのは、惚れてもない男と女がつきあい続ける力学の分析。核心を突いてしまって、あまりに生々しい現実を言い当てられて、はなから熱くもない関係がさらに興醒めするような、余計お世話だよなというところを敢えて説明しきっている。

絲山秋子氏の『勤労感謝の日』にも、そういう野暮な分析の凄みがある。成熟しすぎてしまったオンナが、天然としか言いようがないオヤジらしいオヤジ男を脳内でどう値踏みしているのか、よせばいいのに、敢えて白日のもとに曝しているのだ。他人事なら抱腹絶倒。しかし自分もそういう風に、キモイとかcreepyとかいう風に見られてんだろうなと直観した日には、限りなくブルー。

沖で待つ Book 沖で待つ

著者:絲山 秋子
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

あ、『勤労感謝の日』は芥川賞受賞作の『沖で待つ』と同名の本に収蔵された作。意地悪く言えば前座のように抱き合わされた作品だが、こちらも個性が光る。いささかくだけた、誤解を恐れずに言えばブログ記事、あるいはコミックのような面白さ。

『沖で待つ』では、ニッポンの会社における『同期』という独特の連帯感を伝える。ハードディスクの壊し方、というのは現代的で面白い題材を選んだものだと感じたが、幽霊まで登場させる何でもアリなところには、唐突かなという違和感もある。

ひとえに読み手側の力量の問題ということになるのだろうが、正直なところ、最近の受賞作は自分には『なぜ』なのだかよくわからない。文芸としての完成度と言われれば、返す言葉も封じられるのだが、面白さというのは、どうなんだろうか。

それにしても、『沖で待つ』という言葉は印象的だ。かつて涅槃という言葉を用いて旅立った方を思い出すにつけ、ああ、三途の川の向こうとこちらの関係はそういう風に表現するのが日本人のココロには優しいのかなあと、考えさせられる。

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2007年3月28日 (水)

成功哲学デギュスタシオン、その多彩なことといったら:『史上最高のセミナー』

成功哲学、洋の東西を問わず、大流行中。

年収ん億円の社長が成功の秘訣を語るのだが、何が一番儲かるって、成功哲学を売っている人が一番儲けている構図は、いささか不思議。

もっとも、儲けたいと思ってる人を相手にする商売が一番儲かるというのは、ゴールドラッシュでのリーバイスを例にあげるまでもなく、古今東西、よく語られてきた 都市伝説 真実。

クッキーやらハンバーガーやらフライドチキンやらのレシピで大当たりしましたなんてのはわかりやすいのだが、発明者と最終的成功者が異なっていたりで、成功の秘訣というのもつかみどころのない話。

一芸を地味に磨く農耕民族型ないし職人型の成功ベクトルと、略奪する使役する騎馬民族型ないしシルクロード隊商型の成功ベクトルは、直交する。後者が吉、という話かも。

勝利者を称える本日のディナーコースは、9種の成功レシピ、それぞれ個性的な味を楽しめるサンプラー仕立て。

史上最高のセミナー Book 史上最高のセミナー

著者:マイク・リットマン,ジェイソン・オーマン,ジム・ローン,マーク・ビクター・ハンセン,ジェイ・コンラッド・レビンソン,ジャック・キャンフィールド,ロバート・アレン,シャロン・レクター,マイケル・ガーバー
販売元:きこ書房
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ラジオの番組に成功者を招いてトークを繰り広げる、その内容を集成した企画。番組のホストが噛み砕いてくれるせいで、手頃のボリュームで、成功者の考え方をうかがい知ることができる。一方、ホストの理解や興味の度合いに影響され、薄味になるのはいたしかたない。誰の方法論がしっくり来るかは、人それぞれ異なるだろう。

ちなみに、自分はマイケル・ガーバー氏が最も参考になった。自営業者よ自分で働くな。何でもかんでもターンキー・システムにしてしまえ。それを売れ。そこに活路がある。

ここで唐突ながら、ワインの(マニアックな)楽しみ方として、シャトーを固定してヴィンテージ(収穫年)を変えて比較するヴァーティカル・テイスティングという方法、そして、ヴィンテージを固定してシャトーを変えて比較するホリゾンタル・テイスティングという方法がある。

多様な味わいをより精密に比較するために、相対的に似ているはずのものを比べてゆく方法が有効ということだ。

ここから類推して、ちょっと期待したいのが、今をときめくアンソニー・ロビンズ氏(『一瞬で自分を変える法』)なども含め、コーチングの方向に絞った、比較対談の企画。日本側にも神田氏や本田氏らの、ホストとして適役の方々がいらっしゃる。そういう本を出してくれたら、自分はもとより、かなり多くの人が飛びつくのだろうなあと思うのである。

いささかマニアックになって、売れ筋の本ぢゃなくなっちゃうかもしれないけど。

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2007年3月25日 (日)

ヴァイキング経営論、ケチも美徳:『IKEA超巨大小売業、成功の秘訣』

特に何か買う予定がなくても、ぶらりとついでにIKEA港北店に寄ることがある。何を見るのでもなく、家族がとりあえず楽しみにしているのが、2階のレストランと1階の食品売り場だ。先週は平日の昼下がりに訪れたのだが、レストランは大行列。名物ミートボールも受け取って、レジで清算して、トレーを持って窓際の明るい席に座れば、家族の顔も輝いてくる。

年齢にかかわらず、IKEAの何たるかを知らずとも、その良さが直感的にわかる。家具店なんだけど、テーマパークのような楽しさ。

IKEA超巨大小売業、成功の秘訣 Book IKEA超巨大小売業、成功の秘訣

著者:リュディガー・ユングブルート
販売元:日本経済新聞出版社
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流行のフレーズで、11の成功法則なんて言ってるが、要するにIKEAの成り立ちを追跡したドキュメンタリー。影の部分までばっちり書かれている。ただの提灯記事を集成したものではない。

青と黄色の表紙を見てると、IKEAの店舗の外装を思い出すことは言うまでもないのだが、5年前のワールドカップ、黄と青のユニフォームをまとったスウェーデンサポーターが神戸の街を闊歩していた様子を思い出す。集団行動を好む、かなり律儀で真面目な人達。応援で声は揃ってるは、練習したわけでもないだろうに、一糸乱れぬ、なんて言葉を思わせる一体感。

スウェーデンて日本と似てる、大雑把な印象は迷惑千万か。

しかしIKEAって名称が、創業者の名前と地名の頭文字とはちょっと意外な。ローカルに応用すれば、『茅ヶ崎太郎湘南神奈川』で『CTSK』ってなネーミング。ゴロの良さは幸運の賜物。

また、創業者はそもそもドイツ系の家系とのこと。小さなアメリカより大きなスウェーデンたることを選ぶ、なんて鼻息荒く言ってたドイツ。独逸も瑞典も日本も、職人気質がそっくりさん。車作れば天下一品。

だけど、嗜好も似てりゃ考えることまで似てるとなりゃ、売れる時には爆発的に売れるだろうけど、売れないとなれば全然駄目。マンハッタンで成功した回転寿司屋が日本に逆上陸するようなもん。一回日本から撤退した歴史も、ある意味頷けるところが。

撤退の歴史は書かれてないが、今一番を力を入れてるのがニッポン市場だそうで。そういえば我が家にも低価格安楽椅子のポエングが鎮座。

無印良品の製品と言われても違和感なき、ユニクロにも通じるシンプル・イズ・ベストは、西洋のロハス、チープシック、方や東洋では、和の侘び・寂び、枯淡の境地、そしてさらには、質実剛健、質素倹約の美徳に至ると見た。

いずれにせよ、ケチの美学。12番目にして至高の成功法則。

どちらにせよ、今度こそイケイケ、世界のIKEA。

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2007年3月24日 (土)

話のわかるWebが3.0になる?:『Web3.0型社会』

書いてあることはWeb2.0のことばっかしじゃん、てな突っ込みは無粋。2.0化が本格化した今、3.0のビジョンは金の生る木。いいアイデアなら絶対他人には教えない。自分で商売にして、次のGoogleを狙うわな。

ウェブ3.0型社会 リアルとネット、歩み寄る時代 Book ウェブ3.0型社会 リアルとネット、歩み寄る時代

著者:神田 敏晶
販売元:大和書房
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タイトルはどうあれ、Web2.0の啓蒙書であり、最新技術動向について語った本。歩み寄るのが3.0ということだが、実質1頁でサクサクと語ってくれる。

トリュフ入りフォアグラです。トリュフは0.4%だけどね。

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地域密着系古都型エンターテイメント、ホラーもノスタルジックに

書店で平積みの本のなかから、狐のお面の表紙、その狐がこちらを睨んでコンと鳴く。なんともノスタルジック。『きつねのはなし』の舞台、古都の京都ならずとも、ここ湘南にも開発前の時代があって、村にはきっとアニミズムが生きていた。

『千と千尋の神隠し』の世界にやってくる、八百万の神。あらゆる物に神宿るという多神教的世界観。迷信だらけの日常生活だが、科学技術の進歩とやらで夢の舞台裏が暴かれてシラケて無機質でドライな世界観に生きるより、牧歌的で幸福な精神世界であったか。

さて、本書『きつねのはなし』は4話構成。雑誌に投稿された『きつねのはなし』を冒頭に据え、これに加え、新たに書き下ろし3作が後に追加の形。冒頭作の虚構の骨組みは、後の作品でも多かれ少なかれ使い回されていて、ロンド(輪舞曲)と表現するのがいいのか、パラレルワールドとでも解釈すべきなのか。京都の街並みが結界のような閉世界性を演出する。

きつねのはなし Book きつねのはなし

著者:森見 登美彦
販売元:新潮社
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『憑依』、これも底流するテーマか。さらに狂言回しとして、至るところに骨董屋『芳蓮堂』が登場し、さらに事件はおおむね、竹林を登っていったところにある屋敷で起るという、既視感のアラベスク。

作者が学生時代を過ごした古都が舞台。遠い昔には、魑魅魍魎が跳梁跋扈し、陰陽師が活躍した京都。人魚がいようと、人面大蛇が走ろうと、狐が化けようと、もう何があっても不自然ではない感じ。

さらに、恒川光太郎『夜市』のような黙市風の組立てが、露天の並ぶ祭りの場での救出劇からも見て取れる。

なんかこう、地域密着系のホラー型エンターテインメントが、今すごく旬だと感じる。街に歴史があればあるほど、実在した迷信をいじって、面白い話の一丁上がりとなりやすそうな。

てことで、誰か、寒村、漁村の茅ヶ崎村を題材に、そういう作品を書いてくれないものだろうか。歴史はそれほど濃密ではなさそうだが、『かっぱどっくり』なんて民間伝承もあるわけで。

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人が3人集まりゃ分派はじまる、結社はいつでもどこでもユビキタス

人の集まるところ、すべからく分派はできる。政治や企業社会では派閥が公然と維持されるが、これも秘密結社と根っこは同じ。弾圧があれば秘密にせざるをえず、また、利権ならば隠して囲い込めば分け前も増す。逆に、思想やら儀式に反社会性や恥ずべきところがなければ、特に秘密にする必要も無い。

大衆の目から意図的に隠されてきた組織は少なくない。

秘密結社を追え!―封印された、闇の組織の真実 Book 秘密結社を追え!―封印された、闇の組織の真実

著者:ジョン・ローレンス・レイノルズ,住友 進
販売元:主婦の友社
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NHK特集『シルクロード』DVD第9巻に収録される第6集「砂漠とコーラン」では、暗殺教団の城「アラムート」が紹介される。予備知識が無いと、ただの歴史上の珍事件の一つにしか思えないが、本書で紹介されるようにこれが「アルカイダ」の源流となると、見方も変ってくる。

ここ数年は「ダ・ヴィンチ・コード」で、宗教的秘密結社への興味が掻き立てられてきた。それらの起源や相互関係はいささか複雑で、わかりやすく解きほぐして平易に説明してくれる書籍というのはとてもありがたい。ボリュームありすぎのベストセラー『レンヌ・ル・シャトーの謎』も、要約と位置づけが示されていて、とりあえず必要な知識が速攻で確保される。

ただし、内容が内容だけに、素直に一冊の本で書かれている内容を信じてしまうことに恐怖するのも事実である。

また、ブッシュ政権の支持基盤のひとつとされる「スカル&ボーンズ」。どこにでもあるフラタニティーの類が、政財界に暗然たる影響力を行使する。学閥はどこにでもあるし、人脈は互助のメリットをもつものだが、特に海外での不法行為を支え隠蔽する温床となってきたとあっては看過もできまい。情報化社会の流れで力を落とし、埋没の運命にあるようで特におとがめ無きようだが、こういう秘密組織がかくも暗躍したと、本書のようにきっちりと記録に残しておいてくれることで、未来へのプレゼント、人の作る組織の持ちうる暗部への警鐘として役に立つに違いない。

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2007年3月23日 (金)

3軸制御であなたの脳味噌グレードアップ

メディアで露出度大の精神科医、香山リカ先生。エロっぽい先生という存在ならばそれも楽しいが、いや、頻繁にご出演のほうの意味であることは言うまでもなし。で、今度は何を御開陳かと興味津々で表紙をめくれば、現れ出たる3次元図。免許皆伝、立体思考法の御披露目なり。

頭がよくなる立体思考法―RIFの法則― Book 頭がよくなる立体思考法―RIFの法則―

著者:香山 リカ
販売元:ミシマ社
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はて、立体思考 =  垂直思考 × 水平思考 つうことかいな。

ところが途中で『立体思考』から脱線してきて、あちゃあ、説明の方便なのね、バズワードの類いねと気付くが、それにしても、立体思考の3軸に、R(Real:現実)とI(Intelligence:情報,知識)とF(Fantasy:空想力)を選ぶ必然性が、イマイチ見えない。

というより、かなり恣意的に優先度をつけて、3つだけ選んだのじゃないかと。日経新聞サイトの株式分析でも6軸レーダーチャートが用いられてるぐらいで、3軸で万能をめざすとはオーバー・シンプリファイドな香り濃厚。

いつもオンかオフかの1変数バンバン制御みたいなデジタル意思決定しかしてない人なら、それが2変数になり、さらには3変数になったとすれば、すっごく頭が良くなって見えることは事実。

あなたの思考にあと1軸追加しましょう。

普通の人の会心の当たりは2軸思考の結果。要するに直線思考の日常に、たまには平面思考。この本を読んだあなたは、いつも背伸びして平面思考、ごくごく稀にまぐれ当たりで3軸空間思考。

で、あなたの3軸は何ですか、という質問に至る。

だが、確信犯的に考え過ぎてみようと、R軸は表面的事実、I軸は知識で作られる推論系とみなせば、その平面は世界観のようなものを表す。それに作為的な仮説を加えF軸方向にオフセットさせれば、その世界観には未来に関する予測など、洞察力に至る智恵やどる。なんだか2.5軸的で、空間的とは言いにくいけど。

となれば、3軸というのは、認知心理学におけるマジックナンバー『7』に類する、結構本質を突いた数字なのかもしれない。ギターを弾きながら唄を歌い始めるとギターがお留守になる自分は2軸弱。

まあ、この程度で頭が良くなるなら苦労も無いが、あの時もっと考えてから行動すりゃよかったという、視野狭窄を後悔するリスクを減らす効果は期待できるのかもしれない。

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ハイブリッド経営でイノベーションを Hit Parade !

和魂洋才。

米国流の経営手法を導入し、社内の『隠れ研究』のようなものまで徹底的に削いでいったことで、特に米国の経営者層から高く評価される一方で、足元の会社は成長の源を失って長期の低迷期へ。欧米カブレ経営の禍根で、その会社は未だに過去の勢いを取り戻せないでいる。

一方で、一度海外移転した製造拠点を国内に戻すというトレンド逆張り、セル生産という欧米流のイイトコ取りで大成功した企業。和洋ハイブリッド。独自の発想で組合わせてゆくのが吉。

イノベーションの作法―リーダーに学ぶ革新の人間学 Book イノベーションの作法―リーダーに学ぶ革新の人間学

著者:野中 郁次郎,勝見 明
販売元:日本経済新聞出版社
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ジャーナリストが成功企業を取材して紹介し、これを経営学の視点で野中郁次郎先生が解説する。『形式知と暗黙知』のいつもの論調、血が通った『和』の言葉。凡百のビジネス書との違いはここに。

学者にとって事例は実証のためのサンプルの一つにすぎないが、ビジネス書の読者にとっては、最も説得力あるベストプラクティス。だが、NHK『プロジェクトX』とか内橋克人『匠の時代』のように読者をワクワクさせるレトリックの駆使は、学者の得意とするところではない。となれば、分業。ジャーナリストと学者のコラボによるハイブリッド構成は、ありそうで、これまであまりなかった展開かも。あ、前作も同じ組み合わせだったか。

ただ気になるのは、事例がよく知られた勝ち組大企業のものばかりという点。まるでヒットパレード。事例の新鮮味で勝負せず、分析の切れのよさでとお考えであろうことも容易に想像される。しかしどうか。個々の金科玉条を最もよく説明できる事例として、より相応しいものは発掘できるのではないか。『エクセレントカンパニー』でも、第二巻では少しマイナーな企業を事例に用いていた。

分かりやすく書かれていて、野中郁次郎先生メソドロジィの入門書として楽しく読めるが、それがイノベーションに関するとても新しい知見を含んでいるかといえば、そうでもないかもしれない。

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2007年3月22日 (木)

いじめ処方にも誠意のレベルが

誠意不在社会。

手抜き施工やら地盤に問題あるマンションでは、壁一面にクラック(亀裂)が走る。地震などで外部から力がかかった場合、その力は伝播して、弱いところ、すなわちクラックに集中し、そこから破壊が全体に拡がる。

社会の歪みも、やっぱり弱者にしわ寄せがゆくという形で伝播し、悪化する。個人の問題のように見えて、邪悪の根源はストレスフルな社会にある。個人は身を守らなくてはならない。守りが手薄だと、そこがクラックになってしまう。

何をいまさらとお叱りをうけそうだが、『いじめ』を考えてみた。『いじめ』は子供の世界だけの話ではない。サラリーマン社会にはパラーハラスメントが、男と女がいればセクハラがある。さらに、外国での『いじめ』の蔓延が報道され、日本のそれと比較される状況では、人間のサガのようなものかとも思うし、そういえば動物を扱うテレビ番組でもそういう行動を見たような気がしてきて、なんだ、DNAにプログラムされた原始本能のようなものかと思い当たる。

社会のストレスがはけ口を求めて弱いところに集中する。親から子へ、上司から部下へ。悲惨な事件が多発する今、軽々に論じるのもいかがかと思うのだが、哲学者というは本当に自由にものを言うわけで、吉本隆明氏が新作『真贋』の導入部で、『いじめは加害者にも被害者にも問題がある。俺はいじめる側だった。』というひんやり冷たく無責任に語るのを見れば、ちょっと暑い初夏のような陽気もふっ飛ぶ一服の清涼飲料毒素。『真贋』はそのままゴミ箱へ。もとい、図書返却口へ。

いじめに苦しむ人たちには、実践的な助けが、今、必要。そのニーズに、誠意ある回答のようなものを、この本から見つけた。

いじめに負けない心理学 新装改訂版―いじめられずに生きるために気づくべきこと Book いじめに負けない心理学 新装改訂版―いじめられずに生きるために気づくべきこと

著者:加藤 諦三
販売元:PHP研究所
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この本は、『いじめの標的にならないように』という視点から書かれている。つまり、いじめられる側にもある問題というのを、悪いって冷たくつきはなすのではない。こうするからいじめられる。だから、こうすれば回避できる。話は具体的で、いじめられてない人にも予防策として役立つだろう。今、いじめられている人、その親など、被害者側ならなおのこと、読んで損はない。加害者側も、自分の病理の原因がわかれば、司直の手に委ねられる段階に至る前に、振り上げた手を降ろすことができるだろう。

黙って殴られていた少年が、ある日、履いていた下駄をわざわざ脱いで、それで吉本少年を殴る。しかし、それでいじめを止める気になるのは、深刻に病んでたわけでもない、賢い吉本少年だったから。

いじめには予防が重要。それを強く印象づけられる加藤氏の作であった。

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2007年3月20日 (火)

諜報だけ上手になっても外交下手は直らない

諜報という意味での外交情報収集には、人脈、資金力、そしてノウハウが必要。なかでも人脈は属人的なもので、新規開拓は個人の能力に依存する。そうしたノウハウをひっくるめて教える教育組織が必要なのもわかるし、諜報に従事する人のステイタスを高めるべきであることも理解できた。

対談という形をとりながら、日本における諜報のお仕事が今どうなっているか、平易に解説した入門書としての機能ももっている。マニアなら知っている。だけど、9.11以来、一般ピープルも十分に興味をもっている内容を、その9.11で男を上げた手嶋龍一氏が語る。

意外にも、ロシアが中央アジアでイスラム原理主義と暗闘してきた歴史が明らかにされ、いまいち繋がらなかったアルカイダとロシアの関係が、ロシアがらみで鈴木宗男氏とともに獄中の人となった、外務省のラスプーチンの口から語られる。

旬の人が旬の話題を語り合う。

しかし、最新の情報にアクセスできているわけでもなかろう。NHKやら外務省というミッションがあって、背景的支援があって、アクセスが確保できた面は否定できない。今どうなのかといえば、プロ中のプロであった過去の知識の延長上に今を推定する形と思う。もちろん、現在コミットの最中である人々がメディアの前で語るわけもない。となれば、視聴者にとっては確かに貴重な情報のホルダーであることに変りは無い。だが、インサイドストーリーは聞けても、今はインサイダーではない、という点は考えて聞いたほうがいいかもしれない。

さて、その手嶋龍一氏がNEWS23にゲストとして登場し、北朝鮮問題を語った。しかし、ビールで酔っ払うとは俺様もヤキが回ったな、何を喋ったか、全然記憶に無いのも不覚。わずかに覚えていた、『6カ国協議で日本は孤立したのでしょうか』という質問に、『いいえ、孤立したのは北のほうです』と回答して解説するのも頼もしく。9.11の後しばらく毎日のようにテレビの向こうにいた歌舞伎役者のような存在感は、今も顕在。ちょっと枯れて学者風の味わいが出ましたな、なんて言ったら怒られそうだが。

インテリジェンス 武器なき戦争 Book インテリジェンス 武器なき戦争

著者:手嶋 龍一,佐藤 優
販売元:幻冬舎
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ウルトラ・ダラーといい、本作といい、ここまで暴露しちゃって大丈夫なのかと、ヒトゴトながら心配になるが、そこには真実のように粉飾された嘘と、嘘に擬態された真実が含まれるとのことで、ヤパい暴露本では決して無いようだ。

ご両人は、インテリジェンス要員の育成を提言する。テロ防衛・危機管理という目的で、センサーとしての諜報の価値はわかった。一方、アクチュエーターとなる海外工作活動がわが国のあり方に馴染むのか、これは議論を要する。

イケメン諜報員のキモラ・タコヤこと零零七号が、世界各国でエロカイダによる危機を沈静化し、さらにその国の美女達と浮名を流す。映画ならそういうのも面白そうだが。

一方で、お互いに外交のプロ中のプロ、ニッポンイチッと持ち上げ合うのは、いささかキモくもある。さきほど述べた理由で、御両人は、視聴者のための語り部として貴重ではあっても、外交の現場的には過去時勢。諜報の世界は、一度入ると出て来れない世界だと思うし、一度出たら、もう戻りたい世界でも無さそうな。

いや、持ち上げ合うのもある種の歌舞伎芝居。

北との経緯を見る限り、外交とは、いかに上手に『はったり』をかますか、これに尽きるようで。

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2007年3月17日 (土)

潜在意識の作る現状維持のラバーバンドを騙しダマシ生きましょか

最近SQを読んだために、カリスマセラピストの提言がすんなり心に響いてくる。なぜなら、その裏づけがハハンと思い当たるようになって、違和感を感じなくなったからだ。

それまでなら、ほんまかいなと、斜に構え、言葉として記憶はするのだが、消化せず、そのうち忘れて、揮発するに任せていた知の資産。

2冊のアイデアの出生地はかなりのご近所。心理学と脳神経科学の境界領域。本書では実利に重点を置き、具体的手順と効果を平易に語りかける。一方、SQは啓蒙書とはいえ、ごりごりのサイエンス。理論面にフォーカスされ、分析と実証実験が剥き出しのドキュメンタリー調で紹介される。両書はある意味、補完的でいいコンビ。

情動は行動へ、形にせよと。読んでてこれはと思ったことを今回メモにとった。かつて、マインドマップという形にこだわってメモしようとした時期があったが、残念なことに、長続きしなかった。今回のは、古典的な、箇条書きのメモ。

それは潜在意識が「ブレーキ」を踏んじゃった、現状維持しようとしたわけではないと思う。箇条書きでもマインドマップのように見えて来るから、とりあえず記録の際の『認知負荷』を減らすことで、読んだ内容の『消化』に専念しようと考えたためである。

「心のブレーキ」の外し方〜仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー〜 Book 「心のブレーキ」の外し方〜仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー〜

著者:石井 裕之
販売元:フォレスト出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

性格をはじめ、自分を変えるのは本当に難しい。

今の自分に安定しているのはそこが安定点だからで、その安定条件を崩す、何らかの条件変化が必要なのであって、一瞬の力だけでは元に戻るのはあたりまえ。その望ましからざる安定性の根源を求めて行って、それが潜在意識の『現状維持』機構にあったとは、驚かされた。

最近よく耳にする『ホメオスタシス』、これを実現する生理メカニズムの一つ、あるいはそういう話なんだろう。

この本でも出てきた、『人間は皆つながってる』という信念。先週までなら宗教的NGワードとしてふるいにかけてシカトしちゃっと思う。今は、ああ、ミラー・ニューロンによる情緒の伝播の話ねと、そこから先の話を同化吸収しうるというものだ。

ありがとう、SQ。

以下は余談ながら。本書を読み終わってフムフムと感心ひとしきりの後でCDを聞くと、ありゃりゃ、早口で落ち着きない(人様のことは言えんが)語り口に、うーむ、なんだかなあと、ちょっとがっくり肩落とす。

いや、むしろこれこそカリスマ性の源か。

ハナから、あまりオジサン層は相手にする気が無いのかもね。ダイエットを長続きさせるための、「心のブレーキ」の外し方、という使い方が確かに一番現実的。まだ変る余地ある若手のためのカリスマ性。それが老成されて落ち着き払った声であるわけもない。

くっそー、なるほど。

そういう意味では、やっぱりある種の宗教みたいな香り漂う。

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2007年3月16日 (金)

ジャパニメ御用達セクシー女優、ミラ母さんの慈愛にも萌えて

意図的にチープに作られたCGとか、もう突っ込みどころ満載の((A+B)/2)級映画なんだけど、終盤のミラ(・ジョヴォビッチ)さんの犬歯といい、十字架型をした悪の総本山といい、いろいろお借りしたメタファーのちゃんこ鍋化でけケムに巻く戦略が功を奏している。

Japanamactionとやら、浅薄なテーマのわりに、一本取られたと思うほどに面白いのは、セクシー女優のミラさんを(ヴァーチャルだけど)母親の役どころに置く意外性のゆえ。

ウルトラヴァイオレット デラックス・コレクターズ・エディション DVD ウルトラヴァイオレット デラックス・コレクターズ・エディション

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2007/01/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

上海の『東方明珠』テレビ塔がガンガン出て来るわりには、さしてオリエンタルな香りせず。最も頻繁に比較されるであろうセリーヌ・ディオン『イーオン・フラックス』の女性的ファンタジックなタッチと比べるまでもなく、無機質で男性的でクール・ドライで欧米かの絵作り。だからこそ、ミラさんの母性が浮き彫りにされて光る。

だけど、低解像度CGに実写を組合わせると、まるで左右に青と赤のセロファン貼られた眼鏡で3D映画見たときのような、なんだか船酔いしてビザを作る直前のような酸っぱいデジャブ感。これはちょっとヤメテケレ。もっともイーオンでも同じ不自然さは炸裂してたけど。

指にも剣にも書かれた梵語の文字。十字のマークと戦うと、なんだこりゃ、宗教戦争とか、東西の衝突かと、まあ、イメージを膨らませてくれること。深く考えるのは無粋。

700人の兵隊に対するはミラさん一人。それでも勝つ。なんだか、10万の東ローマに勝った1万数千の突厥、なんて故事を思い出す。確かに地形などを利用して相手を縦に一列に並べる戦略が取れれば、最強の騎馬兵士一人で数百人の歩兵は相手にできそうだ。対してここでは、相手を円形に並べてスパッと斬る戦略だ。すごっ。

キル・ビルのユマ(・サーマン)さんの殺陣にイメージがダブる。

やっぱり、コミックとかゲームとか秋葉系のコンテンツを映画化したときに、アンジェリーナ(・ジョリー)さんとか、ミラさんとか、もう超お得意様、右に出る者無し。

ジャパニメーションに忘れてならない、カレーに福神漬け、お寿司に醤油、と言っちゃ失礼で、お寿司のネタの大トロ的な役割の外人さん、値千金の助っ人というところで感謝しているわけである。

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2007年3月15日 (木)

カリョウビンガの歌声が脳から脳へと伝播してゆくのは

海堂尊『ナイチンゲールの沈黙』を読む前にこちらを読んでおけば、感動ダブルワッパーだったんじゃないか。

脳神経の反応部位を断面イメージ上にマップして示すMRIは、テレビ番組でもおなじみだ。しかし、これを使って、心理的な障害と脳神経的な問題を対応づけてゆく方法が実際に成果をあげてきているという事実、わたし的に、驚くべき時代の進歩。

そして、無意識のレベルで高速に情動が伝播すること、共感するニューロンが実在すること。自分が不勉強なだけだが、科学技術の進歩はSFの想像力を凌ぐ、てか。

SQ生きかたの知能指数 Book SQ生きかたの知能指数

著者:ダニエル ゴールマン
販売元:日本経済新聞出版社
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人の心理のアヤをハックする。それも、文系、心理学としてではなく、ゴリゴリの理系、脳神経生理学として。哲学的で難解な説明によってケムに巻かれることはない。すべて、ニューロンの発火パターンとして徹底的に説明される。

人々の脳は繋がっている、なんていうと情緒的なメタファーにしか聞こえないが、こうして説明されると確かに情緒は伝播するし、『共感』は無意識下で起る。これによって社会性が確保され、種として生存可能性が高まる。逆に、反社会性がどうして生まれるのか、共感能力(ニューロン回路)の欠如と説明されればわかりやすい。

人間関係に苦しむ人のなかには、この本で救われる人もいるのではないか。ただし、この本はボリューム超満点。そして啓蒙書なのに学術書の読み応え。『脳神経』への興味がないと、最後まで忍耐力が続かないかもしれない。

※ この記事は編集中(書きかけ)です。

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2007年3月11日 (日)

クール・ドライなスラプスティック、陽気な杜の都が地球を回す

手塚治虫『火の鳥』では、異なる時代のエピソード群に、猿田彦という共通のキャラクターが登場する。同一人物ではなく、姿形もそれぞれそれなりに異なる人物で、まさに生まれ変わり。不死というテーマを輪廻転生という形で体現する、狂言回しである。

同名作含む4つの挿話からなる単行本『フィッシュストーリー』では、『黒澤』(『ラッシュライフ』『重力ピエロ』で登場だそうで)が猿田彦と似た役回りを担う。『陽気なギャング』シリーズのように、非合法な生業に生きる者が、あっけらっかんと肯定的に描かれる。ピカレスク物のように暴力もなく、沈着冷静な賢人が、はったりで情報戦を制す。世に蔓延る巨悪と比すれば、『義賊』ねずみ小僧に通じるスマートな存在感。

語り口は、あたかもミントの清涼感、いつもながら清々しい。

フィッシュストーリー Book フィッシュストーリー

著者:伊坂 幸太郎
販売元:新潮社
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勧善懲悪、快刀乱麻、エンターテインメントの王道を行く展開なんだが、一方で、あっさり解ける因数分解のような、重要だが暗く陰鬱な何かを意図的に隠蔽したような、これが現実であるわけがない、過度なモデル化、あるいは御都合主義に至る非日常感。

登場人物は子供から老女まで様々、しかし滲み出て伝わり来る感性が悉くF1・M1の20~35歳なのではないかと誤認させられるような均一感。鄙びた山野に都市型お洒落ゴコロ。

世にある全部がビビッド、枯れたもの無し。アニメ用に創作されたキャラとフェイクな世界観に、ファストフード的ケミカル風味漂う、なんて言っては言い過ぎだ。シュールかと問われれば、確かに非現実感溢るるが、シュルレアリスムのそれとは異なるテイスト。

なにかが壊れている。そういう超現実感。

ワクワク読めるがエキサイト感とも違う。勧善懲悪と言っても『全米が泣いた』的な深い共感は無い。読後に違和感が残らない、あるいは何も残さない、それも美学。

渋谷のカフェ、とやらに入った時の落着かない感じ。そう表現すれば、わかってくれるヤツがいる一方で、そりゃお前の感性オヤジ過ぎ、脳内回路劣化し過ぎて同化(ホメオスタシス同調)もできずだよと、突っ込まれそうではあるのだが。

しかしよく出てくるのは渋谷ならぬ仙台。

氷のような透明感、空気の低温度感。そういった作風のようなものは、仙台の地域性にちょっと関係あるのかと。クールでドライ。血液型AB型の類型。あるいはこちらのほうか。

背景にちょっと邪推を巡らすのもまた楽し。

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2007年3月10日 (土)

林住期はちょい待ってくれのムリ若丸は

人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」と4つの時期に分ける古代インドの様式に従い、現代の林住期を50歳~75歳と著者はマッピングする。誰しも50歳で一度リセットし、やりたいこと、やるべきことをいま一度考えるべきと提唱する。

林住期 Book 林住期

著者:五木 寛之
販売元:幻冬舎
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五木寛之氏ご自身は74歳ということで、林住期の終盤。にもかかわらず、書店には氏の新刊書が平積みされる。風の王国も3冊に分かれて再出版となるなど、なにやら量産体制に入っているようにも思われる。

50歳を前にした休筆の時期を今になって取り戻すかのように、なおお盛ん、バリバリの現役作家である。だから、氏の人生と引き合わせて50歳から75歳を林住期とすると、誤解してしまうかもしれない。25年刻みの設定は、むしろ標準的なサラリーマンのライフサイクルを基準にしていると考えるべきだ。

サラリーマンは45歳でほぼピークを迎え、あとは能力的にも下り坂。それまでのストックをもとに役員まで昇り詰める人も少数ある一方、大多数は窓際やら閑職へと押しやられ始める。ピークアウトしたって能力がガクンとは落ちるわけでもないから、フラストレーション、ストレスにさらされがちの年代となる。

25歳~50歳というのを、『言われた事をやる』仕事とか、『お上に仕える』という意味の、『生きるための仕事』の時期と考えるならば、その時間軸の枠組みも納得できないことはない。ただ、こればかりは人それぞれ。『言われた仕事』なるものの存在しない作家稼業となれば、書いている限り、これ現役。そして現役でいる限りは、『家住期』『林住期』が渾然一体となったいわば『家林住期』、これが25歳~75歳まで続くことになる。

それが幸せかどうかは人それぞれ。一概には言えない。

さて、自営業・起業家・経営者という人たちも、同様に『家林住期』のようなものが続くと考えるのだが、そこには世代交代というイベントがある。欧米で憧れの的となっている早期引退が40代から始まることを考えれば、理想的なライフサイクルとして、やはり40代~50代で一つの時期の終焉と新たな旅立ちを迎えると考えるのが自然だろう。

だが、チョイ悪オヤジ、林住期なんて括りは願い下げだ。

一方で、林住期に入りたくても入れない人達、住宅ローンを抱え、子供達に教育費がかかる世代、多くは50代だろう、今はこちらが多数派。となれば、50代で林住期に入れる人は、まさに勝ち組。

逆に、いくつになっても、まだまだ俺様は現役だなんて息巻いているムリ若丸。それが知らず知らずのうちに『老害』をたれ流す結果となっているようであれば、負け組に片足入っているかも。

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知覚過敏も現代の邪悪なれど、鈍感力も過ぎたるは

多くのヒトがこれだけ密集して生活してりゃ、隣の音も臭いもなんでも気になるのは仕方ない。だけど、気になるままに何も変化がなければ神経的にビョーキの坂を転げ落ちることすらある。

最近よく聞くホメオスタシス。これはそういうときに環境適応してくれる生体機能のはずが、なんだか現代人では弱体化しているようで、神経過敏なまま心も体も蝕んでしまうようなところがある。

ホメオスタシスなんて、大学の教養課程の心理学の授業で学んで以来つい最近までお目にかからなかった言葉を、ここのところ頻繁に耳にする。生物が環境に適応して自分自身を変えてゆくホメオスタシス、これが人間関係を作るのにも役立つと聞く。

鈍感と過敏。程度の問題ではあるが、そのバランスを欠くと、様々の不都合が起ってくる。その鈍感の徳を説く、本書の著者、渡辺淳一氏は、『愛の流刑地』でエロスの印象が強いが、そう、もともと外科医の先生であったことを思い出ささせる。

鈍感力 Book 鈍感力

著者:渡辺 淳一
販売元:集英社
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小泉純一郎元首相が支持率低下で苦悩する現首相に『鈍感力が必要だ』とアドバイスしたとされる。今から気が早いが、今年の流行語大賞の候補だろう。

なかでも印象的だったのが、女性鈍感論。70歳を超えてなおお盛んな大先輩が、オヤジ世代に恋愛の極意を指南する。『あきらめずに口説く』。医者だから書ける、身体性の相違による、感じ方・考え方の性差。月刊プレイボーイ連載記事の単行本化ということなら納得だが、やっぱり、エロスを語らせると余人をもって代えがたし。

この本で『鈍感力』が語られる背景には、現代の『心ある』人達は、本来ある『敏感』さのバランス点からはるかに『過敏』側に偏った生き方になりがちだという問題意識があると思う。良識ゆえの陥穽。

しかし逆の極も存在する。鈍感過ぎ、こちらで困るのは昔も今も。躾と教育の場では目に余る。過鈍感の世代間伝播。

過敏は個人を蝕む。鈍感は社会を壊す。

ヒト一人の中にも、過敏なテーマ、超鈍感な話題、そこにはまだら模様が垣間見える。

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2007年3月 6日 (火)

15セントのアメリカンドリーム、食文化が牽引するグローバリゼーション

今は100円マック。東大を卒業した人が普通に志す業態ではない。先見の銘ということ、広域発展の祖、レイ・クロック氏に通じるものを、藤田田氏には感じる。真の創業者としてマクドナルド兄弟というのが別にいて、レイ・クロック氏は、事業の可能性を見抜いた慧眼の士であったという事実は興味深い。

成功はゴミ箱の中に―レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男-マクドナルド創業者 Book 成功はゴミ箱の中に―レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男-マクドナルド創業者

著者:レイ A.クロック,ロバート・アンダーソン
販売元:プレジデント社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

日本でのマクドナルド一号店が、当初、茅ヶ崎に予定されていたことは、よく耳にする。茅ヶ崎市民としてちょっと嬉しい。だが、恐らくあそこらへんじゃないかと思うあたり、湘南国道沿い、駅から海水浴場、今で言うサザンビーチに延びるサザン通りとの交差点あたり。一時期、実際マクドナルドは出店され、しかし短期間で閉店され、跡地はマンションとなった。あの絶対に失敗しないフランチャイズと呼ばれたマクドナルドの撤退をマノアタリニしたわけである。

もし、第一号店が茅ヶ崎に出店していたら、違った歴史となっていただろう。ちなみに、七里ガ浜海岸にあったバーガーキングは、その店もろとも、日本から撤退した。もっとも、近々再上陸するそうで、ダブルワッパー大好きな、健康指向は明日からのメタボリ世代としても楽しみであり、そこにマーケットは確実に存在するのだ。

しかし、成長の過程で腹心ですらバシバシ斬ってゆく姿勢は驚異的。人の奥さんだろうと欲しいなら奪うという徹底した感性は、狩猟民族の血を思わせる。

農耕民族でこれは難しい。ホリエモンの会社でも創業メンバーが全然残ってなかったというが、それは斬ったのじゃなくて、離れていったほうだろう。また最近、楽天でも創業来の幹部が離れることが報じられた。やっぱり成功したベンチャーの中枢にいると、自分でも一度トップをやってみたいと思うのだろう。

メジャーのサンディエゴ・パドレスを買収した話では、ああ、ベンチャー経営者の到達点は洋の東西を問わず、ここらへんになるのねと妙に納得させられた。レイ・クロック氏の生き方を参考にしてきた人ならば、確かに、一度はオーナーになってみたいと思うだろう。

紙コップのセールスマンが、ひょんな出会いから大経営者に成長する。自己開発なんて流行のビジネス書も、こういう伝記を知っていれば、確かに誰でも努力すれば成功しうるんだねと、説得力がダブルにメガに。

英国皇太子が『マクドナルドは禁止したほうが』と言って話題になったが、確かに、マクドナルドはアメリカの象徴、目に見えるグローバリゼーション。嫌米の標的にはなりやすい。また、今や不健康の象徴的存在でもあるが、ヘルシーマック、なんてバリエーションが考えられてないわけがない。

ジャンクフードと揶揄されようと、そこに健康志向が加われば、貧困層まで波及する『善』を世界的に波及させることになる。健康な食文化によるグローバリゼーションなら大歓迎だ。

ニッポン代表の寿司も、伝統への忠実度に国がお墨付きなんてつまらん横槍を相手せずに、例えば回転寿司チェーンを国際編成して、和式グローバリゼーションの尖兵とするぐらいの心意気を見せてくれよと。そのように外野は期待していたりするのだ。

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2007年3月 5日 (月)

わたしとあなたの間の無用な壁を越えてゆくには

ポニー・テールの個性的なカリスマ経営者の男。配下には、その容貌を明らかに模倣したと思われる若手が多数。

こうした光景はよく見る。憧れているから真似したい。尊敬しているからそれを表現したい。そこにはミラーリングという効果があって、それだけで良好な人間関係の構築に役立ちうるという。

なにやらあざといサラリーマン出世術と意地悪く解釈する向きもあるだろうし、日本人の美意識にはちょっと逆行するような面もあるのだが、それがコミュニケーションを確保するための有用な方法というのなら、わたしのため、あなたのため、組織のため、活用しない手もなかろう。

一瞬で自分を変える法―世界No.1カリスマコーチが教える Book 一瞬で自分を変える法―世界No.1カリスマコーチが教える

著者:アンソニー ロビンズ
販売元:三笠書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

こういう『人間関係の実践理論』は社会に出る前、大学の教養課程あたりでオプションとして教えるのがいいのではないか。あくまで、いくつかある理論の一つとして、必須ではなく、選択可能な単位として。今の若者は人間関係を作るのが苦手といわれるが、どっこい、いい歳したオジさん(自分を含む)だって、人間関係では苦労してるのだ。

本書を教科書として使うなら、その講義は『NLP実践』というような課題名となろうか。NLPとは『神経言語プログラミング』、この言葉には最近出会った記憶がある。苫米地英人氏『心の操縦術』だったか。

ここで突然ですが、我田引水、商売に喩えるならばと。

お客様と『ラポールを築く』というのは、苫米地氏流に実践するなら『ホメオスタシス同調』ということになると思う。乱暴だと著者からお叱りを受けそうだが。

『お客様』は普通、乗り越えがたい壁を作ってらっしゃる。数多のインチキ商売から身を守る『警戒心』。ちゃんとしたサービスだろうと商品だろうと、その壁を乗り越えてゆかなければ、商売にならない。

だから、その壁を溶かす『秘法』は、合法だろうと非合法だろうと脱法だろうと、あるいは催眠マーケティングのようなグレーゾーンだろうと、商売を営む人には喉から手が出るほど欲しい、知りたい、コンテンツとなる。

こう来れば、詳細は有料セミナーでね、というのがお約束だが、本書は翻訳書ということもあって、海の向こうでやってるセミナーを宣伝してもはじまらない。『成功』を指向した自己開発の本なのだが、NLPの効果の面から紹介する内容となっており、具体的な手法の紹介は、別の専門書、あるいはセミナーへ、ということだろう。

NLP、その実践への入り口であって、同時に、看板というか宣伝媒体としての機能も有する。

カリスマによる、こうした二毛作型の本がトレンドだ。

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2007年3月 3日 (土)

おらが会社のDNAをプログラムするならば

社風は、企業のDNAを反映したもの。あなどれない。

自分がかつて身を置いた業界には、騎馬民族的雰囲気の激烈な競争社会のA社があるかと思えば、農耕民族風に予定調和を好むB社もある。ハイテクの先端は成長分野だが、B社には向かないとB社の社員もわかっている。トップの号令で着手しても最初はいいのだが、すぐに追いつかれて負け犬化する。ところが、わが社の長所は何かと考えて、それが成熟分野だろうとB社なりに注力すると、高利益率のエクセレントカンパニーに化けたりする。

ビジョンとは企業のDNA。創業家の金儲けしか視野にないようじゃ、社員の定着率が高いわけもない。それを言うなら回転率か。

米国で優秀な技術者を採用しようとしたら、応募者が口を揃えて『企業としてのビジョン』を問うてきたことがある。日本でも、最近、人材採用に企業ビジョンが重要、そう主張する書籍が大手シンクタンクから出版された。

長い時間を生きてゆくのにビジョンは重要であったが、変化の激しい現在、この一瞬を生き残るだけのためにもビジョンが必要なのかもしれない。

ビジョンの重要さは揺ぎ無し。というより、日に日に重要さは増してきていると言うべきなんだろう。

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 Book ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

著者:ジェームズ・C. コリンズ,ジェリー・I. ポラス
販売元:日経BP出版センター
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時計を作る、ANDの才能、基本理念+進歩、BHAG、カルト、多産多死、生え抜き経営陣、黒帯の寓話。こうしてキーワードを並べてみても、示唆に富む挿話が思い出される。まさに走馬灯。

カルトで思い出したのが、ホリエモンの会社。時価総額世界一という野心的目標/BHAGを設定して、多様な才能のベクトルを一方向に集約する。メディアで繰り返し報じられた、最後のクリスマスパーティの模様、異様な盛り上がり方はカルト風であることこの上ない。

だが、あの会社も、法に抵触していなければ、エクセレントカンパニーへの道を爆走していたわけで、21世紀のビジョナリーカンパニーの代表的事例となっていたかと考えるわけである。わかりやすい事例。ビジョナリーカンパニーは、あのようにも生まれうる。

さて、1995年刊の本作は、古くはないのか。結論から言えば、全然古くない。強いて言えば、ビジョナリーな企業として引き合いに出された会社の一部は、現在困難な時期を迎えている、ということはある。だがその事実は、どんなに優れた経営でも歴史の隘路に迷い込む可能性を実証しているに過ぎない。

企業は短命化している。それなりの時間、エクセレントであるためにはビジョンが必要である。時代を超える生存の原則はあっても、一つの企業の永続性を保証する原理ではない。カリスマ経営者にも寿命がある。ゴーイング・コンサーンと呼ばれて人間の寿命の制約を超越してきたはずの企業の寿命は平均30年程度にまで短くなったとされる。

永続を目標化するのは難しい。

少なくともある時期、エクセレントな貢献を社会に行えること。刹那的ではあるのだが、21世紀のビジョナリーな企業は、そういう瞬間的勝利を多産する企業ということになるのかなあと考えたりもするのである。

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2007年3月 2日 (金)

大きなお友達を癒すためのメルヘンな処方

山田詠美さんてば、真っ黒い恋愛ノベルの人とばかり思ってたのが、これはなんと、肩肘張らない、至って地味な和の風合いの作品。リリー・フランキー『東京タワー』のオンナ版。

金など無くても人生は楽しい。

無銭優雅 Book 無銭優雅

著者:山田 詠美
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

40代といえばかつては『初老』なんて呼ばれて人生の『終わりの始まり』だったかもしれないが、平均寿命が長くなった今、それはまさに中間地点。そこから2度目の人生なんてのもアリ。

存在感を増すミドル世代。リビドー全開のワカゾーと、枯れて完成する『老人』との間隙。時間的にももともと長いのだが、文化として面白くもなんともないから、敢えて語られなかった時期。少子高齢化のゆえか、若年層の劣化もあるのか、もともと若年層を持て囃し過ぎていただけのことなのか、文化の発信源として若年層にかつての力が無いと言うなら悲しむべき現象だが、情報発信できる賞味期限が延びたと考えればハッピーなこと。

ところで、昨日読んだ青山七恵『ひとり日和』のおばあちゃんの家と、本作のふにゃふにゃヤモメの古い家、なんだかオーバーラップするような。本作にもあちこちで出て来るが、偶然の一致なんだか、それこそユング的。

双方の作品、作者と同世代の女性の生態を描いたという点では一致。青山七恵さんは芥川賞受賞者で、山田詠美さんはその選考委員。共振周波数が近い、のかもしれない。

家族の絆が極端に薄い20代と、3世代同居の40代。20歳分の世代差ということなんだろうが、この2作は根っこのところでよく似た作風のような気もした。

フィクションの皮で覆われてはいるのだけど、主人公は著者のアバター。一部は自分史、しかし巧妙に匿名化された上で、アバターの口から気持ちが吐露される。それは著者にとってのカタルシスにもなっているし、読者にも臨場感満点のエクスペリエンスとなり、あるいは癒しともなりえる。

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2007年3月 1日 (木)

絶体絶命、退路断たれた交渉の席には

平々凡々たる市民の生活であっても、長い人生、ある日突然タフな交渉の場に引っ張り出されることがある。海千山千の相手に、シロウトはいかにして対抗しうるのか、あるいはそもそもそりゃ無理っつうもんか。

勝算があろうとなかろうと、とにかく死力を尽くして防衛するしかない絶体絶命のピーンチ。そんなとき、こういうノウハウ本は有難い。

負けない交渉術―アメリカで百戦錬磨の日本人弁護士が教える Book 負けない交渉術―アメリカで百戦錬磨の日本人弁護士が教える

著者:大橋 弘昌
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

亜米利加向けノウハウがニッポンでの争議に役立つのか半信半疑だったが、交渉術の基本は共通なんだなと思わせる。米国ではドライにロジカルにビジネスライクに折衝は進むのかと思いきや、なんだ、結構、心理戦みたいな側面もあったりで。

そう。法律的に磐石な場合でも、心理で負けて自分から不利な選択をさせられたとおぼしき人・状況が少なからず。

連中は合法非合法の境界を歩いてやってくる。脅したりすかしたりで相手を精神的に消耗させ、追い詰められた心理を利用する。周囲には死屍累々。心理戦を生業にするプロ。その手口を事前に知っておくことで、対抗力がそれなりに増すだろうし、少なくとも古典的な常套手段でイチコロなんて不名誉は避けうる。

でも、専門家に任せられるところは任せたほうがよさそうだ。

それでもどうしても自分が出てゆかなくてはならない場合、要所要所で自衛のために習得しておくべきコツ、そういう情報がそれなりに網羅的に紹介されているとは有難や、ああアリガタや。

理論武装。事前の周到な準備が九死に一生の活路を開く。

ここまでは交渉する相手がカタギの人の場合。

そして、相手がその筋の人っぽい場合にはこちら。ご存知茶髪の橋本弁護士のが役に立ちそう。というより、そんな交渉は弁護士さんに任せたほうが無難だ。お金より大事なものはごまんとある。

くわばらくわばら。

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娘の日記をこっそり読む罪悪感、みたいな

どこにでもいるような普通の「よいこ」なお嬢さんのはずが、やけに人間関係が希薄ではかない。この薄ら寒さは、直木賞候補作『四度目の氷河期』でも感じたような。時代の空気か、はたまた、この世代特有の雰囲気か。

偶然、芥川賞受賞作として知られる本作が図書館新刊コーナーに置いてあって、ありとあらゆるブランドものにからきし『弱い』自分、本能的に手が出て、興味の命じるままに読み進めたのであった。

ひとり日和 Book ひとり日和

著者:青山 七恵
販売元:河出書房新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

青春は何十年も前に卒業されたはずの文壇の重鎮が書かれる濃厚なエロスが世に溢れるなか、20歳前後の女流作家の感覚は、やはり新鮮である。だが、なんだか自分が読んでると、娘の日記を覗きこんでいるような罪悪感も感じるような。 ※自分に娘はいません。

去るものを追わない、だから希薄化して、しかし純粋とも言えるかもしれない人間関係。読む前はいわゆる『おひとり様』のライフスタイルの話かと思っていた。だけど『おひとり様』は開き直った女性のオヤジ的生き様。本作のみずみずしさは、これと対極。

一人の女性として自立してゆく瞬間。見ていいのやら、目をそらさなければいけないのやら、なんだか目のやり場に困るような、読んでるところを人に見られたくないような作品。

だが一方で、こういう作品が受賞作ですかと、なんだか意外だったのは正直なところ。

皆さん、新鮮でみずみずしいものに『弱い』のとかと。そういうものを求める背景には、『新しい』ものがあまり出て来ない危機感、文壇の少子高齢化なんてのがあるのかと、ふつふつと疑念が湧いてきたりするものである。

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