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2007年1月

2007年1月31日 (水)

カリスマコンサルも家に帰ればひとりの良きパパ

10年後について。文明は進歩して、生活は楽で豊かになっているだろうけど、社会の仕組みと価値観は揺ぎ無い、そう確信できた時代。パパが子を思う気持ち、それがリーダーシップとなって、良かれと思う方向に子供を教育していって、それはそれでまず間違いはなかった、古き良き日々。

今は違う。大変革期。10年後に、どう生きれば幸福なのか、それを可能にするスキルやら準備はどんなものが必要なのか、わからないからパパも迷う。そういう時に、とりあえず『引き出しを増やしといてあげよう』ぜというのは、結構具体的で有難いアドバイスなのではないだろうか。

あなたの悩みが世界を救う!―不条理な世の中を生き抜くための人生バイブル Book あなたの悩みが世界を救う!―不条理な世の中を生き抜くための人生バイブル

著者:神田 昌典
販売元:ダイヤモンド社
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金儲けのカリスマ、著者に対するそうした理解は、もはや表層的に過ぎる。今や、金の呪縛から逃れえた真の自由人が幸福となるための生き方を指南する。金持ちが幸福になるためのコンサル。その前段階、小金持ちになるノウハウは、もはや弟子達に任せたよ、いやそうじゃなくて、拝金の時代は終った、金からの自由、ここらへんが著者のココロだ。

楽しく読んでも50アイテム。ギャグあり、不毛のFAQへの駄目出しあり、しかし珠玉のアドバイスも。どれがベストか、それは人それぞれだが、自分的には第41節。これだけ、わずか数頁、それだけでも読む価値はあった。

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2007年1月26日 (金)

スピリッツこそが聖地シリコン・バレーの御神体

米国西海岸に渡り、ミューズ・アソシエイツを創業して10年。そのことを梅田氏が話すと、現地の人は微笑んで握手を求めて来たという。ニッポンだと、それがなにか、になっちゃうんだろうけど。あちらでは理解という空気が起業環境として機能している。本当に何でも10年頑張るのは大変。続ける秘訣は、それが好きであることだという。だから失敗しても成功しても、また起業するのだと。

シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 Book シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土

著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
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『長めのあとがき』だけ最新の執筆で、あとは旧聞、いわば記事のアーカイブ。歴史、というのはそれなりに他のソースから聞き及んでいると思うので、最新の部分だけ目を通した。その文中でも、グーグルの奇跡、その存在感の大きさを感じさせられた。

シリコン・バレーでの成功とは。

グーグルのように株式公開して巨大化する道もあるかと思えば、マイクロソフトやらに買われる、そういう成功のスタイルも今はアリだとする。売らなきゃ、力づくで潰すぞ、なんて言われちゃうんだろう。グーグルとて、第二のグーグルの誕生を許さず、有望と見たらYouTubeみたいに速攻で買ってしまうに違いない。

会社が大きくなるにつれ、どんどん上位のプロの経営者にバトンタッチしてゆくのがあちらでは普通のカルチャーだから、会社そのものに思い入れはあまり無いのだろう。会社は商材だ。というより、子牛から育ててオークションで高く売る感触か。これがニッポンだと、拘るわな。会社は自分の子供みたいなもんかもしらん。そういえば、マイクロソフトから買収を打診されて断って名を馳せた国産SIerの社長さんもおられた。

さて、同時期の出版となった対談集では、第二世代IT社長の当たり年と同じ誕生年、しかしこちらは天才小説家、異色の対談だ。

梅田氏45歳、平野啓一郎氏30歳。当初、インフォテリア社の社長さん(平野洋一郎氏)と誤解してて、なんじゃXML談議かいなと敬遠してたのだが、読んでみれば異文化コミュニケーション。しかし小説家とて若きネット世代、技術的な話が通じないなんてことは無い。

ウェブ人間論 Book ウェブ人間論

著者:梅田 望夫,平野 啓一郎
販売元:新潮社
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こういう組み合わせは他ではあり得ない。お互いに非日常的なインスピレーションを受けて、他では聞けない話を語り始める。四方山話に魂宿る。

特にブログのくだりが興味深い。

平野氏は『読まれない』ブログの存在価値を疑う。梅田氏は、日常は人間関係を壊さないために語れない本音を書く、逃げ道のような空間と考え、それは2chのような毒を有する世界に通じると考えているようだ。だから匿名だと。そしてブログを5種類に分類する。

まあ、しかし、6番目に『その他』というのが必要だったかも。文を作る練習と思って続けてるやつもいるし、そのうち読んでくれると、売れない作家みたいなモチベーションでやってる人もいる。トラックバックもコメントも全然つかないけど、本気で書いていることは、文から伝わって来る。何かのきっかけで『祭り』になって、そして安定して読まれるようになるのかもしれない。

ちなみにこのブログは『宣伝用』、とすれば7番目も必要だ。

梅田氏は海外出張中も、自分のブログが炎上してないか気になって毎日チェックするという。だけど、読むのはトップクラスの情報を発信するものだけ、加えて知り合いのもの少数。皆と同じ。しかし前作『ウェブ進化論』の意見およそ1万件は目を通したとのこと。これはトラックバックされた記事という意味だと思うが、そこまで読者の声を聴こうという姿勢には驚かされる。誠意ととるべきところ、自分には品質管理と見える。

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2007年1月25日 (木)

格差社会の実像は上から目線じゃ見えないでしょ

大前研一氏はコラム『「産業突然死」の時代の人生論』の昨日のコラム『格差是正はばらまき行政につながる』において、「暴言に聞こえるかもしれないが」と断った上で、以下の様に持論を展開されている。

暴言のように聞こえるかもしれないが、世界のどこに出しても恥ずかしくない人間を一人でも多く育てていくためには、やる気のない人はマイナスの存在でしかない。だから、わたしは再チャレンジ支援については反対なのである。いや、単なる反対どころか大反対だと強く言いたい。

起業、なんて危険な道に人を誘うわりには、セイフティー・ネットの否定とは、これいかに。もともと、起業なんて本気で薦めているわけではなくて、給料の高い外資系に入社して、高額ビジネススクールに金を落として、勝ち組を名乗って鼻息荒く生きろよ。そこらへんが本音なんじゃないのか。

格差社会をテーマとする議論は旬だが、まさに玉石混交。論者の多くは勝ち組にいて、上から目線。景気回復の恩恵にあづかれぬ庶民は下のほうにいて、サイレント・マジョリティ。『ニッケル・アンド・ダイムド』という書籍では、勝ち組インテリ層に属する著者が身分を隠して底辺の生活を試みるが、結局逃げ出す。底辺の実像をレポートするというより、あたしゃ無理無理という、びっくりカメラ然たる愚かさ加減にあきれはててこちらも途中で斜め読みモード、そして放棄。もっと他に和訳する本があるだろ。

上から目線で弱者の保護など語れないのではないだろうか。

縦並び社会―貧富はこうして作られる Book 縦並び社会―貧富はこうして作られる

著者:毎日新聞社会部
販売元:毎日新聞社
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この本では、格差社会での弱者側の様々の人々にインタビューした記事を集めたが、それだけではない。他の国での関連施策とその結果。識者へのインタビューなど、多様な状況、意見を、多様なままに掲載しているという意味で、バランスの良さを感じる。

識者として、内橋克人氏もスティグリッツ氏も登場する。

特定の結論をもつわけでなく、色々な意見を聞いて読者なりに考えてください、という本。なるほどジャーナリズムが出版するノンフィクション、だからニュートラルという立ち位置は、大前研一氏らのグローバリズム右派(?)と内橋氏らリベラル左派(???)の両極の濃~い本に慣れたオツムには、とても新鮮な刺激となる。

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枷無き欲望を世に放つ邪悪、市場原理主義が格差をもたらす悪夢のサイクル

ミルトン・フリードマン博士、逝く。

ホワイトハウスの政策立案にしばしば登用されるシカゴ大学卒業者、シカゴ・ボーイズ。そのシカゴ学派の代表格にして、市場原理主義の提唱者。世界から尊敬を集め、惜しまれながら去ったことに間違いない。ご冥福をお祈りいたします。

しかし、氏の提唱による市場原理主義は、世界にとってそれはそれは劇薬で、特効薬として一国の経済を助けることもあれば、壊滅的混乱に導くこともあった。

著者の内橋克人氏の説明は説得力に富むものであり、ネオリベラリズム、規制緩和、さらにはグローバリゼーションによって、なぜ格差が世界にバラ撒かれたのか。その経緯に目を開かせてくれる啓蒙書としてありがたく勉強させてもらった。

悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環 Book 悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環

著者:内橋 克人
販売元:文藝春秋
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自由の国にとっての至高の徳、しかし過ぎたるは及ばざるがごとし。経済制裁をもって市場開放を迫る姿は、コーランか武器か、軍楽曲『祖先も祖父も』とともに迫るオスマン帝国すら彷彿とさせる。日本には歪められて伝えられるが実はイスラムの価値観は「まとも」だと説明する著者。テロ云々じゃなくて、イスラム経済圏収奪の欲求が根底にあるとの指摘が、げっ、それもありえると、まったく嘘臭く無く聞こえるおぞましさ。

グローバリゼーションと呼ばれる、商人の衣装を纏う帝国主義。市場原理主義というご都合よろしき錦の御旗をかかげて、地球資源と富を貪欲に収奪する。どこぞの国も、その片棒を担いでんだから、被害者面してたって、同じ穴の狢。

民心は荒んできている。美しくなくてもいいから、徳を尊ぶ社会を。アナクロ武士道よりも、慈愛に満ちたコミュニティを。外圧を柳に風と流せる自信を。すでに、自分の頭で考えて行動するほうの自由のために自立をはかる時期にある。そろりそろりと目立たず慎重に。(外交上・経済上の適度の独立性が目標であって、武力の話はここではまったく意図していない)

金は集まり、そして去る。それがサイクル。とってもわかりやすい。世界から金が集まるようにすりゃいいジャン、なんて言っている先生が多いけど、その金が去るときにひどい荒廃が訪れるぐらいなら、集めようとのご提案はいかがなものか。

『匠の時代』以来、活字でも、NHKの番組等でもお見かけする著者の内橋氏。見かけは頑固な学者肌、書いてらっしゃる内容からは人情的で親分肌と思われた著者の、いささか過激な激白。怒り心頭に至っての告発ということだろう。当事者の具体的な人名も書かれていて。密室の闇が消えた後に出現した、これまた闇、そこで潜行するグレーな所業、白日の下に晒してやるから瞠目して見よ、耳の穴かっぽじって拝聴せよと。

しかと承わった。

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2007年1月24日 (水)

これから何が起こるのか、書いてるうちに過去となるよなスゴイ時代

未来予測。これはトフラーさんの十八番。数十年スパンの未来を予言して、ほとんど当たる。こういう特殊能力を有される方、昔は預言者と呼ぶこともあったかもしれないと考えれば、あら不思議、トフラーさんのお顔の写真がシャーマンのようにも見えて来る。

ブログはこういう与太話が似合う。ブログ出版がトレンドとなったことも関係あるかもしれないが、書籍でもブログ風にくだけた表現をとる作品によく出会う。『売れる○○!』みたいな本では特に、読みやすくてすごいスピードでページが進んでゆくのだが、それは密度が低いからで、必ずしも引き込まれてそうなっているわけでもない。密度の低さ。これはWeb2.0時代の書籍のトレンドか、まあそう言ってしまっては与太話の続きになってしまうのだが。

Web2.0そのものは未来のようであって、既に起きている話ではないか。驚くべきことに、Web2.0というバズワードが誕生した瞬間から既に事態は進行していて、確かに今そうなっている上に、少しだけ現実のほうが進んでしまったようにも思える。変化の早い技術領域は恐い。書いているそばから、書いていることが陳腐化してゆく。

これから何が起こるのか Book これから何が起こるのか

著者:田坂 広志
販売元:PHP研究所
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ネット革命で知識社会はどこへ向かうのか。終盤の6章~8章では、組織論など、示唆に富む。

一方、気になるのは、トフラーさんの『富の未来』で書かれている非金銭経済のようなことがここでは『ボランタリー経済』と呼ばれているように、新しいバズワードは見られる反面、新しい考え方はどこなのだろうかと感じる点。いや、それはもしかしたら、イチ読者たる自分の誤解というだけのことかもしれない。

読みやすいし、旬の話題だし、勉強になるが、Web3.0とか、メタプロシューマーとか、新語を作ってゆくのは、読者にとって優しいアプローチなんだろうか。現代のビジョナリーな識者の考えをミキサーにかけて、ブログ風に断片的に記事の形にして75個並べました、なんて感じに見えてしまうのだが、これも読者である私個人の見識の問題ということかもしれないので、あしからず。

ネタにマジレス、カコワルイなんて言葉もあるし。

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2007年1月23日 (火)

昆虫ロボットとHALの闘争、人工知能のトンネルの向こうには

お掃除ロボット、ルンバ。地雷発見用ロボットの技術を民生転用した初代機は、テレビで一時期頻繁にコマーシャルが流れていたし、7万円前後でお手軽価格だから知名度も高い。代替わりしてルンバ・ディスカバリーとなり、5万円台のレッドや9万円のスケジューラというバリエーションも加わったそうだ。だが、この創業者に、昆虫ロボットで一世を風靡したブルックス教授がいることはあまり知られていない。

人工知能やらロボットの研究をやっている人には、ブルックス教授もサブサンプション・アーキテクチャも歴史上あまりに有名ではある。だが、この分野がごくごく限られたアカデミック・ポストの人々だけに研究の特権が認められるような、産業的にいささか難しい時期を経ているだけに、ブルックス教授がMIT AIラボの所長だったことも、CSラボとAIラボが統合されていたことも、実は知らなかった、そういう、かつてAIに興味をもっていた方もおられるはず。

ブルックスの知能ロボット論―なぜMITのロボットは前進し続けるのか? Book ブルックスの知能ロボット論―なぜMITのロボットは前進し続けるのか?

著者:ロドニー ブルックス
販売元:オーム社
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AIブームなんてのが存在し、そしてその末期、思い出したくもない人が多いだろうけど、日本でも第5世代コンピュータなんてプロジェクトがもてはやされていた頃、デトロイトで人工知能国際会議があった。日本からも多くの人が参加し、当時メインストリームであった記号処理を中心とする古典的人工知能研究の成果発表に注目が集まる中、隣の部屋では、その趨勢をひっくり返すようなニューウェーブ、『昆虫』ロボットに代表されるアプローチと、コンベンショナルな記号処理一派の闘争が繰り広げられた。その模様が本書には述べられている。

結局、知能には『肉体』のようなものが必要だという方向に向かって、ブルックス教授一派の『勝ち』になったわけだが、今考えるに、ブルックス先生達は知性のプラットフォームとなる生物的なレイヤー、文字以前の段階を指向していたわけで、古典的記号処理一派がめざしていた知性、文字ありきの段階とは全く別物であったような。勝った負けたではなくて、古典的アプローチでは成果が出ませんでした、ピリオド、だったのかなあと。

今、人工知能を語るとき、Webを巨大な知識ベースとして見たて、その上のアプリケーションというのが面白いテーマとみなされる。Googleがやっているようなことを、ある種のAIとみなすのは、不自然なことでもない。古典的記号処理派は、この方向に溶け込んだというか、その将来性があまりに豊かであるために、人工知能という少々禍々しい名前をとりあえず伏せてでも取り組む価値あり、そう考えているのだと思う。

ブルックス先生は本書の後半、知能の研究の倫理性について熱く語る。しかし、世の中のほうが先行してしまった。今やクローン登場の脅威が強く意識されるために、『考えるコンピュータ』の孕む問題は霞んでしまった感がある。映画『アイランド』で描かれる、クローンに宿る知性。『ターミネーター』での、機械の知性の脅威。『スターウォーズ』での、クローンとロボットによる戦争。SFだけど全然フィクションに見えない危機は今すぐそこにあるのかもしれない。

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2007年1月21日 (日)

オカンとぼくと、時々、オトンは凍土より蘇る

クロマニヨン人のDNAを用いて女性遺伝子工学者の母から人工授精によって誕生したワタルは、突然襲う氷河期による人類壊滅の危機のなか、ネアンデルタール人のDNAから生まれた少女、サキとともに圧倒的な生命力によって生き残り、氷河期に適応する第二の人類、そのアダムとイブになるのであった。

なぁーんて話かなあと思ったら全然違って、少年が困難を乗り越えて成長してゆくという、オーソドックスな料理に、ちょっとエキゾチックなトッピングを載せたような、そんな趣向の物語。ベースは誰も共感する人生の機微、リリー・フランキー氏の東京タワー ~オカンとボクと、時々オトン~ を彷彿とさせる、オトナ編じゃなくて、その青春編。涙を絞る作風というわけではない。

四度目の氷河期 Book 四度目の氷河期

著者:荻原 浩
販売元:新潮社
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ジュブナイルというわけでもなく、オトナが少年期を思い出して感傷に浸る、なんて作品か。誰でも65億分の1であって、それぞれ異なるんだよ、というフレーズが、少年少女へのメッセージというか、熱いエールになっているような。世界に一つだけの花。だけど少年は悩む。いや、大人になっても苦悩する。

読者の自分を振り返れば、100m走で『あんなに差がつくのは初めて見た』と言われる鈍足で、ワタルとは逆の位相。ま、人と違うという感覚は、色々ですな。人と違うことを恐れる日本人なら多かれ少なかれ誰でも持ってるようなコンプレックス。逆に誰とも違わないことを気にするならば、西欧かと突っ込まれそうで。

次の氷河期で人類滅亡てのも、一方で面白そうだけど、しかしそれは手垢まみれで月並みな筋書き。直木賞候補になったのも、妄想系ファンタジー性を排して、ぶっとんだ趣向だけど現実的な話に破綻無く仕上がっていたためかなと。

だけど本音を言えばファンタジーのほうを読みたかった。この内容とわかってたら、自分は手に取ったであろうか。まあ、結構面白かったし、こういう出会いも悪くは無い。

タイトルを決めた人の勝ち。騙された自分の負け。

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2007年1月19日 (金)

略奪の国際ハイウェイは超大国へと通じる

国内なら塀の中へと通じる悪事。しかし国境の外では、国際法の不備もあって止めるもの無し。欲望の命ずるまま、発展途上国の資源を枯渇するまで略奪する。

グローバリゼーションとは、世界中の富を巨大な掃除機で吸い込む仕掛け。

超大国のノーベル経済学賞受賞者、スティグリッツ氏が内側から暴く、極悪スパイラル。恫喝して騙して強請って諸国のなけなしの資産を略奪する、それがグローバリゼーションの本質だ、というわけでは決してないけど、正しい方向に軌道修正する必要があると訴える。

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す Book 世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す

著者:ジョセフ・E. スティグリッツ
販売元:徳間書店
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皆うすうす感じているけど、口には出さない疑問。格差の拡大。若者に仕事が無い。GDPは改善したというのに豊かにならない家計。商品は安くなったけど給料も下がった。ヒルズ族なんて景気のいい連中もいるけど、近所じゃ工場や商店がバタバタ潰れている。

グローバリゼーションの裏の顔。

だが、米国でも非熟練労働者は同じ困難に直面している。トフラー氏にしてもフリードマン氏にしても、グローバリゼーションはもはや止まらぬ潮流として肯定的にプラスの側面を力説した。大前研一氏も、立ち位置は米国側。今読みかけのMITのスザンヌ・バーガー『グローバル企業の成功戦略』も猪突猛進肯定派。

一方、スティグリッツ氏はグローバリゼーションの負の側面を告発し、IMF運営の民主化など、改善策を提言する。だけどそれだけでドラスティックに変るもんかいな。

面白いのが、スティグリッツ氏はクリントン政権の経済ブレインであったこと、その後も世界銀行に所属するなど、米国の政権インサイダーであったこと。内部告発ということかもしれないし、自虐的にも聞こえるけど、勇者ですなと最大限の敬意を表すべきところで。

格差社会とグローバリゼーションを因果関係におく論点を今さら新鮮に感じてるようでは自分の不勉強を嘆くべきかもしれないが、今読みかけの毎日新聞社会部『縦並び社会』で内橋克人氏とスティグリッツ氏が揃ってそういう感じのコメントを寄せている。やはり今読みかけの内橋克人『悪魔のサイクル』では、格差の原因を市場原理主義に置き、グローバルに限らず野放図に市場を信じちゃアカンということで、ココロは同じ。

皆憧れる夢の国だし、隣の金さんが暴れてる今頼りにせざるをえないんだけど、超大国の国境を一歩外に出ると、『越前屋おまえもワルよのう』の仕掛けがもうもうバレバレで、いたるところまさにグローバルに強烈なアゲの風吹く今日この頃になってるようで。

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2007年1月18日 (木)

六波羅蜜、ガンダーラから大乗仏教へ飛翔した証

仏教といえば仏像でしょう。しかぁ~し。偶像崇拝を禁じたブッダ。一方、仏像あってはじめて世界宗教へと飛躍できた仏教。いったい、何があったのでしょう~か。

『不思議発見』風にぐぐぐっと引き寄せられる。結局答えだけ教えてくれてオシマイ、刹那的娯楽のクイズ番組じゃ、説得力が無くて知識にならない。薀蓄として語れない。対するに、NHKのこのシリーズは裏付けまで丁寧に見せてくれて説明してくれて嬉しいことこの上ない。この巻では、ガンダーラでの大乗仏教の誕生を示す考古学的発見について、六波羅蜜、という言葉を鍵にきっちり平易に説明してくれた。

これで酒宴で女の子に話すネタにできる、なんて不埒なことを言ってるようではバチが当たるかといえば、本作で紹介される大乗仏教の懐の深さを考えれば、そんなこともなさそうな。

文明の道 第3集 ガンダーラ・仏教飛翔の地 DVD 文明の道 第3集 ガンダーラ・仏教飛翔の地

販売元:ポニーキャニオン
発売日:2003/10/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

そういえば、ブッダは死後の世界について語らなかったこと、前記事、五木寛之『霊の発見』でも紹介されていた。ガンダーラでギリシャ文明と触れてアウフヘーベン、人に優しい姿となって、世界宗教へと飛躍したのだね。そりゃ、自分を傷つけ否定するような宗教なんて、信じたくもならんわな。現代の宗教の目的は、救済であって、支配の正当化ではない。

そして周辺地域の宗教も仏教の変化に刺激されてか姿を変えてゆく。なんだか適者生存の原理をもつ生物みたいだ。多国籍企業とか、NPOとか、人間の作る大組織は、ことごとく生命体の性質をもつというような。

さて、同じ文明の道シリーズで、続けて見た作品でも、人間組織が生命体のように見える史実、多国籍企業『隊商といえばソグド株式会社』の成長と消滅だ。

DVD 文明の道 第5集 シルクロードの謎 隊商の民・ソグド

販売元:ポニーキャニオン
発売日:2004/01/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

隊商の民ソグドは、中央アジアから中国各地に入植してシルクロード交易を支えていた。そして力を蓄えた上で、皇帝の地位を狙って謀反。そこらへんは『宇宙から地球侵略』系の映画を思わせる顛末。結局、中国から追われ、西からはイスラム勢力に征圧され、他民族に埋没してゆく。

盛者盛衰。祇園精舎の鐘の声。ウズベキスタンのソグディアナに本社を置く多国籍企業ソグド商会、中国シルクの製造方法を改良することで、商社から製造販売アパレルへと脱皮。その栄枯盛衰は会社の寿命30年(?)のライフサイクルを思わせる。西から政商イスラム商会のドミナント戦略で徐々に市場から駆逐され、東では汚職スキャンダルで支店が次々に閉鎖される。

巨大なチャンスとリスクが同居するグローバル経済夜話。今に始まった話ではなかったのだね、と。

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2007年1月17日 (水)

アニミズムと儀式と宗教国家と霊の発見

死後の世界は存在するかとの問いに、無言で答えたというブッダ。後世、人々の要求に応えて死後の世界観が付加されたということ、これは驚いた。葬儀はじめ冠婚葬祭の儀式として日々の生活に溶け込んでいる仏教。しかしその歴史も教義も、実はほとんど知らない。必要に迫られて、恥をかきながら体得してゆく人は少なく無いだろう。

霊の発見 Book 霊の発見

著者:五木 寛之,鎌田 東二
販売元:平凡社
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日本は無宗教国だと誤解されるが、天皇を国家の象徴として中心に置く根拠は神道にある。しかし宗教というより伝統行事や行動様式として定着しているのであって、家には仏壇も神棚もあり、だけどクリスマスは教会にミサに出かけるという人がいても不思議ではない。

こうして宗教に鈍感になっているなか、オーラの泉のように、『スピリチュアル』な世界には興味が持たれ、ブームとなっている。例えば占い、細木数子さんに番組で改名しなさいと言われて従ったタレントがいるほど、影響力が大きい。また、アマゾンのベストセラー100には江原哲之氏の本が並ぶ。これが宗教への興味かというと、帰依する人が激増という話は聞かない。

興味をもたれているのは、アニミズム的世界のほうだ。八百万の神の領域、千と千尋の神隠し、もののけ姫、宮崎駿ワールドもこの世界だ。原始宗教、というより民間伝承。

そしてシャーマニズム。霊能力者の中には、依頼者の夢に入っていってその内容に影響を与える・書き換えることができると豪語する者もいると紹介される。治療にもなれば破壊にもなる。宮部みゆき『ドリーム・バスター』の世界そのもの、妄想系ファンタジーじゃなくてサイコロジーなサイエンス・フィクションであったか。

さて、本書『霊の発見』で仏教の実践者たる五木寛之氏と対談するのは、神道を専門とする宗教哲学者、鎌田東二氏である。毎朝神棚と仏壇の水を替えているそうで、そのアマルガム感覚は、現在のこの国の宗教意識をまさに代表する論者であったと感じる。

キリスト教や他の世界宗教が、教義も経典も整備されているのに対して、神道はそうなっていない。アバウトな世界のようである。しかし、個々人の直観は、何かそこに一番しっくり来るものがあると語っているのではないか。

一神教の世界宗教が、その排他性ゆえに不幸を撒き散らしてきた歴史、そういう側面を見るにつけ、多神教で色々な霊性を許容するわが国のありかたは、無い無いづくしとも揶揄される一方、ある意味、宗教国家としてベストプラクティスの一つになっているのではないだろうか。宗教国家との表現が適切かどうかは議論せず、本書の表現に従った。

学校で教科書を読んでも全然興味を持てなかった、インド宗教史。本書で色々なエピソードを知るにつけ、興味が湧いてきた。教科書の問題というより、視野を広く開いておけば、退屈な難行苦行じゃなくて、むさぼるように知識を吸収できていたということか。ああ、はげしく手遅れ。

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2007年1月16日 (火)

グローバリゼーション、貧困・宗教・相互不信・暴力、そして雪

日本再上陸で話題のIKEAを一昨日見てきた。デザインはなかなか良いのに目を疑う低価格は、グローバリゼーションの恩恵だろう。国内製造業の空洞化とか、負の影響もあるのだが、相対的に購買力が改善することで総じて人々の生活は豊かになる。制限するより、国内事業者の競争力確保という方向で考えなくてはならないのだろう。

国内製造業の当面の脅威となるのはBRICsだが、その背後には、トルコや東欧中欧など、ハングリー精神旺盛な発展途上国が虎視眈々とチャンスをうかがう。しかし成長余地があるということは、現在貧困問題を抱えていていることの裏返し。日本にも『おしん』の時代があった。そしてジャパンアズナンバーワンの時期があり、右肩が下がりかかったような今がある。

オルハン・パムク氏が『雪』で描くトルコでも、特に地方にあっては貧困が切実な問題として語られる。「貧しい国には宗教しか無い」とイスラム原理主義グループの少女。若者はイデオロギーに敏感であり、宗教にも純粋な接し方をする。社会の成長するエネルギー源である一方、状況が絶望的なら、悲惨な爆発力となって周辺諸国にすら波及すること、それを『雪』が描いた。さらに暴力はグローバル化すること、それはこの数年の歴史が証明してきた。

雪 Book

著者:和久井 路子,オルハン・パムク
販売元:藤原書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ところで所謂豊かな極東の国の若者はどうか。無宗教国と誤解されがちだが、イデオロギーも宗教も無関心がデフォルト。そしてNHKが先日報じたサウジアラビアの若者、豊かになって働かなくなった。それにしても若年層の人口増加は羨ましい。

総じて感じるのは、金持ち喧嘩せず。思想も宗教も、多様性を受け入れるか、あるいは無関心となるように見える。原理主義的な感性からは堕落と評されるのだろうが、当事者は少なくとも今のところ不幸ではない。良し悪しを論ずる意図はない。『雪』でも感じるのだが、多様性を受け入れないことが現代の不幸の原因の一つになっていること、強ち間違いでもなかろう。何も考えて無いというのもアレだが、排他的でなければそれもアリということだ。

グローバリゼーションは、豊かでない国にも巨大なマーケットへの参加機会を与えるという意味で、豊かな国にもそうでない国にもメリットがある、そこがミソ。しかし、豊かな国の繁栄が貧困にあえぐ国の犠牲の上に成り立っている状況が続くなら、暴力までグローバル化させるプラットフォームと化す。その力学は『雪』でも感じ取れる。自国の反映だけで良しとする原始的なナショナリズムのような姿勢は周辺諸国の誤解を招くだけで、もはや危険と考えるべきだ。

ところで、トルコは親日派の国だそうで、これはとても光栄なこと。湾岸有事で邦人が脱出できず危機的状況で救いの手を差し伸べてくれた。そのトルコのことがあまり日本では知られていないというのも残念なことだ。ノーベル文学賞受賞でパムク氏が受賞した機会に作品を読み始めるというのも我ながらなんだか情け無いが、理由はどうあれ、今年はトルコ的なものごとの注目度が上がる年になるんじゃないかと予感するし、そういえば最近自分でもそういう本をよく読むようになったような気がする。

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2007年1月14日 (日)

ゲーデル・エッシャー・バッハ・オンダ・中庭の出来事

最後に種明かし、それはミステリーならあたりまえ。しかしそれまでは、関連有りそで無さそな3つのエピソードを、視点を変え語り手を替え、曖昧なままに何度も何度も繰り返す。

なるほど音楽ならロンド。お笑いでいえば、繰返すほどに面白くなってくるネタ。カチリとどこかの留め金が外れて麻痺して、目も虚ろにエヘヘとなるような。例えば、お化けの救急車。

超難問のクイズに、超難解なヒントを何回ももらって、しかし結局わからないまま、時間切れで答えを教えられるんだけど、その答えの内容が、なんだかよくわからん。ちょっと強引な結末にはそういうモヤモヤ感が残る。いつもの恩田さんジャン、ま、そうかもしれない。

中庭の出来事 Book 中庭の出来事

著者:恩田 陸
販売元:新潮社
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毒を使うのが大好きな恩田陸さん、そういえば宮部みゆきさんも。現実の犯罪ではあまり聞かないし、あればあったで衝撃的事件ばっかり。美学なのか、痛いのが嫌いなのか。だけど最強の小道具となれば、ミステリー次回作では話題の毒物、放射性物質か。

くわばらくわばら。

恩田さんは最近は演劇に凝ってらっしゃるようで、本作は戯曲風。男もちょびっと出て来るけど主役は女優達、宝塚系の香りぷんぷん。ちゃんとしたキャストで舞台に載せると面白いかもしれない。が、文字ばかり並ぶ小説の世界では、普通の読者はそれほど想像力豊かじゃない場合もあって、読むのが苦痛になって持て余し気味だった人も少なくないのではないか。

俺モナ。

ちなみに、女優達の独白をすべて、お笑いの友近さんが演じているようにイメージしたら、少しだけわかりやすくなった。

このシナリオだと、主役をはれるクラスの個性派女優が3人必要。その組合せなんてのを考えると結構面白い。近々閉鎖と噂の2chでスレッド立てても伸びそうな予感。大地真央+戸田恵子+仲間由紀恵とかね。なんだかやっぱり、女3人というのは微妙なバランス感覚で、すわりがいいのかもしれない。

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2007年1月13日 (土)

ユルめウス味の本を斜めに読ませる知的ストレッチ入門

本は読んだ後に5分かけて復習。大事な箇所にはポストイット。これは、すぐ真似させてもらった。それ以外にも、アウトプットを想定してインプットとか、自分にしかできない仕事をとか、示唆に富む内容があちらこちらに。

しかーし、2時間ぐらいで読む本かもしれない。読み飛ばして速読という著者の言うことに嘘はなく、この本も大事なところだけスローダウンしてあとは斜めに読むことが可能で、1ヶ月100冊読めるという主張もあながち嘘ではないと証明されてしまうことは、著者にとって想定外だと思うのだが。

知的ストレッチ入門―すいすい読める書けるアイデアが出る Book 知的ストレッチ入門―すいすい読める書けるアイデアが出る

著者:日垣 隆
販売元:大和書房
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なるほど役に立つことも書いてあるのだが、『もの書く人が世相を斬る』なんてノリの四方山話のエッセー集になってしまっているかのようで残念。

だが、通勤電車の中で読む「タメになる本」というのは、このぐらいのボリュームで、つり革につかまってまったり片道1時間、2往復もありゃ楽勝で完読。ニーズに適合したちょっとユルくてウス味健康スタイル。それで知的ストレッチなんだなあと、わかったような気持ちになって、ちょっと賢くなったような夢を見させて、顧客満足。

ちょっと気になるのは、あまりデジタルでないこと。

徹底的なネット活用云々なんぞはアキバ系のワカゾーに任せとけ、ということかもしれないが、ブログを毎日更新してるぞと仰せなんだから、そこらへんをもうちょっと聞かせくれてもいいのではないか。意外なほど、アナログで、紙ベース。そしてオムニバスで、文字ばっかりで、編集したというより記事を並べたというリニアな感じは、、、あ、メールマガジンのスタイル。

アナログ最後の世代、てか。

文字だけブログの勝谷誠彦さるさる日記を想起させる。もの書きの先生って、そういう感じなのね。

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2007年1月12日 (金)

書き手を映した虚構が見せる、使命と魂のリミット

良心、なんて言葉が終盤に踊る。これには目を疑った。そんなものは幻想だよとでも言いそうなドライでクールな作風の著者と思っていたが、これはひどい誤解だったか。人としての良心に加え、職業人としてのモラルというかプロフェッショナルたる者の使命について問う作品であった。まず魂を信じてみろと。ホットでウェット。そして終盤の息もつかせぬ展開は流石の筆の力。しかし。

使命と魂のリミット Book 使命と魂のリミット

著者:東野 圭吾
販売元:新潮社
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序盤では流行の高度医療モノかと思わせる。海堂尊氏『チーム・バチスタの栄光』が想起される。医の倫理、それは主要テーマの一つではあるのだが、主たるメッセージはむしろもう一つのほう。工の倫理、製造物責任。そして胸を打つのは、人々の心模様、善良たること。大災害での救出等に見られる奉仕、それが現実世界に存在すると誰もが知っている、ヒトとしての使命感、その光景である。

虚構とはわかっていながらも感動させられるのは何故か。悔しいがまた一本取られた。しかし。

虚構の度合いを強めれば、ファンタジー。指輪、腕環、そういった象徴的なブツにメタファーてんこ盛り。動物が喋り、魔法使いが空を飛ぶ。現実から離れすぎて、非現実感や違和感すら感じない世界。そこで表面的に描かれるのは、子供じみた勇気やら夢やら冒険の世界だが、背後には人生観やら倫理観やら宗教観やらが隠されているもので、大人も唸らせるというのはその隠喩の部分だろう。オトナに残る少年の感性云々の話ではない。

現実世界で起こることは多様であって、しかし似通ったパターンが多いともいえる。ヒトの素性は極限状態で明らかになる、なんて言われるが、極限状態なんて普通あまり経験しないし、貴重な経験者も黙して語らずの場合も少なくなかろう。そういう場合の思考実験。限りなくリアルなフィクションというのは、そういう実験環境みたいなもんだ。登場人物の感じ方、考え、行動、それらに説得力があれば作者の勝ち。無いなら、荒唐無稽、ピリオド。

さて、本作は、いつもながら無駄の無い展開。そういう文体もいいし、緊迫感もたっぷり。だけど、興奮が急速に冷めてくるのはなぜだろう。

それは虚構が著者を映した虚構であるからかもしれない。著者は、本当はソレをあまり信じて無いんじゃないか。読んでる最中はお見事と感じる結末も、後から考えればちょっと薄っぺら。世の話題を集めて砕いて混ぜて溶かして、消化不良。徒花のミックスジュース、いたって見栄えのよろしい安普請、なーんてことはまさかありえないだろうけど。

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2007年1月10日 (水)

雷の季節の終わりに弟の遠足は終る

思い出すのは五木寛之氏の風の王国、サンカの世界観。人里離れて、結界のような独特な社会を作る。そしてサンカは集団で移動する、漂泊の民。各地で箕を売り、修繕する。旅団や隊商と呼ぶことも出来よう。サンカは今、一般社会に溶け込んで隠れた人脈として力をもつと説明する人もいる。

そしてさらに、死者の国、鳥居の奥に存在するネクロポリス、恩田陸さんの創る世界観を思い出すが、そうした死者の国という概念は、何も日本だけでなく古代より世界に広く見られる。宗教横断的というか、宗教から独立というか、教義そのものというか。

本作の『穏(おん)』の世界は、そのそれぞれと少しづつ似ていて、しかしどれとも異なる独特の空間。なにやらアナクロな香り。孤宿の人の丸亀藩(?)なんてのも想起したが、妥当なのは『ラー博』の昭和30年代初期あたりか。良くも悪しくも、相互監視の行き届いた小世界。暖かみと窒息間が同居するような世界。

雷の季節の終わりに Book 雷の季節の終わりに

著者:恒川 光太郎
販売元:角川書店
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閉世界を創る。箱庭を『定義』してしまうのがファンタジーの定石。そして、遠足は家に帰るまで。これは指輪物語の冒頭にあったような。この物語も、いわば家を出てから、ぐるりと閉世界を冒険して、家に帰るまでのストーリー。ウケる物語の王道どおり、主人公はその間に成長する。

特に印象的だったのが、最初と最後のテンポ感。緻密に組み立てられたシナリオのチカラ。のっけから、驚くべき閉世界の『諸元』、四季じゃないのが面白い。もう終りねという瞬間、あっと驚く間に、オムニバスかと見えた挿話のスレッド群は、一本筋が通った物語のスーパーストリングに組み上げられる。物理の話ではありません。

ファンタジー系ミステリーというストライクゾーンど真ん中を決められると、やはり前作を読みたくなるもので、早速デビュー作にして直木賞候補となった『夜市』を読むと、なるほど、恒川氏はこういう、一度行ったら戻ってこれない世界とか、普通の人には見えない世界とか、大好きな模様。作風ということだろう、少なくとも現段階では。

あと、夜市でも過酷な運命が待つ悪人は兄者。姉と弟という組合わせで、難局を乗り切るパターン。弟が善人で生き残るという、かなり明確なパターンがあるような。

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2007年1月 8日 (月)

ミステリーが語りかける医療の闇、桜宮市は日本の縮図か:螺鈿迷宮

死のタイミングを自分でコントロールするという考え方、これは善とか悪とかどちらかに分類できるような話でもない。終末期に患者が点滴チューブを自分で外すケース、よく聞くし、親族でも未遂のケースがあった。

こうした、難しいけど誰でも考えておくべき問題に加え、医師として懸念する医療過誤の隠蔽にはじまる諸般の問題を織り交ぜ、ミステリー仕立てにして読者の記憶に刻み込む。

医療のマジ本だとまず読まないB層な自分でも、面白いから読む。著者の問題意識が自然に伝わり、気づかされる。第一作「バチスタ」と第三作となる本作で、その主張に揺らぎは無い。

螺鈿迷宮 Book 螺鈿迷宮

著者:海堂 尊
販売元:角川書店
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語る何かがあって、はじめてココロ動かされる。生命の尊厳が軽視されてきているのではないか。少年犯罪も虐めも残酷化している背景には同じ根源があるのではないか。

前作「ナイチンゲール」でも少年犯罪の話題があったが、むしろそれは子供達への親世代としての愛情をもって語られた。前作でも本作でも告発されているのは、その原因を作っている、壊れたニッポン。

明るさを際立たせるために、闇と組合わせる。逆も真。強烈な主張をかます前に、軽いギャグをジャブのように繰り出す。耽美な少女漫画的ピクチャレスク世界に、マッチョなピカレスク世界を絡める。硬質な作品の間に、ちょっと息抜きめいたソフトタッチな作品を置く。なるほど、ナイチンゲールあって、螺鈿なわけですな。

明らかに、to be continued、物語は続く、桜宮サーガに期待する。

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2007年1月 7日 (日)

似て非なるアースシーだとしても感動的な実写版

酷評されるアニメ版ゲド戦記。どんなもんか、DVDになったらすぐ見たいと思っていたら、先週末、実写版が目の前の棚に置かれているのに気がつく。バッタモンかいな、まあ100円で借りるのだから失うものも無し。そして予想を覆す、美しい映像と、三大ファンタジーの名に恥じない、愛と友情と夢と成長のはらはらどきどき冒険スペクタクル・ファンタジー。谷深ければ山高し、だな。

ゲド~戦いのはじまり~ DVD ゲド~戦いのはじまり~

販売元:日活
発売日:2006/08/04
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途中、緊張感がマキシマムまで盛り上げられ引っ張られた瞬間、to be continued.と表示されて一瞬終了。おいおい、次回作までおあずけかよ。そうこうするうちに何事も無かったかのように続きが始まる。ああ、テレビシリーズだったのねと納得。それにしても、テリー役のカナダ国籍の女優さん、なんと清楚で魅力的なこと。オランダ人と中国人のハーフだそうで、ご本人のサイトを見る限り、ちょっとがっかり普通の人だったから、この作品の設定が秘めた魅力を引き出したということだろう。

CGで作られた景観はちょっとチープで、10年以上前のパソコンゲームを思わせる箇所もある。しかしそれを補って余りある物語としての面白さ。おっと、この作品は原作者ル=グウィン氏を激怒させるぐらい原作の世界を改変した、限りなく海賊版に近いブツだった。原作を読んでいない人には、違いもへったくれもなく、文句無しに感動することができる。

主人公ゲドを相棒の太っちょがサポートする組み合わせ、指輪物語も同じような組合せだったような。魔法使いのエリート養成校でのくだりは、ハリーポッターを思わせる。寓話に秘められた共通のメタファーというものがあるのか、はたまた、使えるネタの種類は知れているから必然的に似てしまうだけという事情なのか。影と呼ばれる魔物のイメージは、ハムナプトラに少なからぬ影響を受けているようにも見える。2つに割れた腕環を若いカップルがくっつけるシーンでは「出て来いシャザーン」と叫びそうになった。まあ、いいものを吸収してより良い作品に仕上げるのは悪いことではない。

こうなって来ると、おそらく今年リリースされてレンタル開始となる、アニメ版DVDへの興味がさらに深まるというものだ。映画が酷評されようと、DVDとしては部屋で楽しめる秀作となった作品がごまんとある。フライト・プランしかり、イーオン・フラックスしかり。乞うご期待、と勝手にさせてもらう。

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2007年1月 6日 (土)

桃から生まれた桃太郎、桃太郎侍英国風:V for Vendetta

V for Venezia、本日のNHK「世界遺産」はアドリア海の女王、ヴェネツィア。ナポレオンに降伏するまで、千年にわたり地中海交易の覇者として栄えたヴェネツィア共和国。この都市国家を統治する総督は、当時、選挙で選ばれた。権力が特定個人に集中しないよう、抽選による選挙人選定と候補者選挙が何度も繰返される、緻密に設計された選挙システム。それでも私腹を肥やす輩が実在したようで、歴代総督が描かれた宮殿天井画では、該当箇所が黒く塗り潰され、その代の総督が不正により処刑されたと書かれている。

権力は肥大化して腐敗し、市民は疲弊して社会の活力が低下する。ヴェネツィアが千年にわたり生き残ることができたことと、この権力集中排除の仕組みとは無関係ではないだろう。独裁が悲惨な結果に繋がる例は過去にも今にも、数え上げれば日も暮れる。

エンターテイメントの領域でも、独裁社会の恐怖を描いた作品は多い。先週末のサンホームビデオ100円セールで借りて放置されていた、ナタリー・ポートマンを丸坊主にして話題となった映画。その話題以上のものはなかったような気もするが、バットマンとか、スパイダーマンとか、スーパーマン、そして『桃から生まれた桃太郎』で般若のお面の桃太郎侍、そうした類いの正義のヒーロー。仮面のままで悲劇の結末。

Vフォー・ヴェンデッタ DVD Vフォー・ヴェンデッタ

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2006/09/08
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わかりやすい正義というのは、見てて気持ちいい。オトナなら知っているように現実はスパッと黒白に色分けできない。さらに、黒とおぼしき勢力は蔓延し、黒が白と言いくるめられる状況を日々目撃している。正義が正義として正しく実行される社会、それは一つの桃源郷。非現実であるからこそ非日常的な痛快感がある。

こうした作品では、徹底的な勧善懲悪の二元論。悪いヤツは徹底的に悪く描かれ、ヒーローには一点の曇りも無い。これを教育に持ち込むのは結構だが、そこに権力のご都合が妙な形で絡んでくると、わが国にも近隣諸国にも存在する教科書問題になって、それでなくても勉強しなくなった子供達にシンプル化しすぎたロジックをインプリントすることになる。

どこぞの超大国の指導者が、axis of evilなんて超シンプル二元論を振りかざすのは、その国民にとってそれが一番わかりやすいから。本人は「アダムとイブ」なんて本気で信じてるわけないが、選挙民の多数がそうした二元論、世界は善と悪にスパッと分かれているはずだと信じてるんだから、順応しないわけにゆかない。ああ、教育は大事だ。イマの無関心のツケが20年後にやってくる。

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2007年1月 5日 (金)

恋愛の解体と北区の滅亡により創成されるシュルまそヒスム

敬虔なカソリックの家系に育ち、伝統的宗教画に至高の価値を見出す人達がいたとしよう。ダリの絵を生まれて初めて見たとき、なんじゃこれはと思うだろう。芸術に対する冒涜であって、世間をなめとるのかと、あらん限りの罵詈雑言を浴びせ、合法非合法のすべての手段を用いて弾圧したくなるに違いない。新しい芸術様式が世に出る際というのは、古今東西、そういうものなのだろう。

この連綿と繰返される歴史的真実を踏まえた上で、自分が若くして(?)老害垂れ流す恍惚頑迷爺と後ろ指ささるるかと、あまりに不本意で涙目になりながらも、焚書だ、この本を即刻火にくべよ、こう叫びかけた。だがいや待て、この本には免罪符、平塚市中央図書館、オレンジバーコードタグが貼ってあるではないか。

恋愛の解体と北区の滅亡 Book 恋愛の解体と北区の滅亡

著者:前田 司郎
販売元:講談社
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アマゾンのエディターズ・ピックと称して、社をあげて推薦せんと類稀なる書籍を20冊ほどサイトで紹介している。今まで読んだことの無い、素晴らしい著者との出会い、放っておけば同じ著者ばかり垂直方向に時間軸を逆に辿って読むばかりになろうものを、イマを水平方向にスキャンし、この時代を代表する綺羅星の如きコンテンポラリな著作群を数え上げて賞賛せんとするかのように。

そう、この著作『恋愛の解体と(ry』は、絵の無いコミック、そう表現すれば、目新しさがよくわかる。この違和感は、家畜人ヤプーに感じたものに近いか。この作品で描写される世界は、年末家族揃ってみていたNHK紅白歌合戦でDJ OZMAがアレをやって、家族団欒が一瞬にして凍りついた、あの前衛的試みを彷彿とさせるかのようである。さらに装丁の美しさも内容の猥褻さを鏡に映すようで、印象的である。

まさに新しい文学、シュルスカトロリズム、あるいは、シュルマゾヒズムの誕生である。最寄りの図書館で手にとって、とりあえずその感触を確かめるのもいいだろう。時間があれば。

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2007年1月 2日 (火)

ナイチンゲールの沈黙:高度医療のインサイドストーリーならではの魅力てのもあるはずで

2006年を代表する時の人、それは「You」ですと報じられた。息子に肩車されてはしゃいでいる歌手でタレントのYouさんのことではなく、個人としてブログ等で情報発信するようになった、不特定個人の情報発信者の「あなた」である。小説家のような筆の力がなくても人気を集める理由は、コンテンツの魅力である。プロには無い、生活者としてのリアルな声。知識創造社会のプロシューマー。

前作『チーム・バチスタの栄光』が出版されたとき、ブログの文体みたいだと評する人も中にはいたが、描かれていた世界は、先端医療の舞台に身を置く人のみ知りうる、インサイドストーリー。そこには、医療行政への問題提起もあり、当事者のもつ志の高さがそのまま作品の緊張感として伝わってくるかのようであった。

しかし、軸足を少し動かすと、虚構の世界をスクラッチから作る作業、プロフェッショナルな小説家の仕事と同じ土俵で競うことになる。潔いとも言えるが、読者は『バチスタ』の著者に普通の小説家として成長して欲しいと期待しているのであろうか。一方で、著者は平成の森鴎外をめざしているのかもしれないが。

さて、前作『チーム・バチスタ』で印象的であった良識ある登場人物、病院内の昼行灯たる田口医師、そして厚労省官僚たる白鳥室長という魅力溢れるキャラクター、本作では存在感が軽量薄味で、価値を著しく毀損してしまったのではないか。ああ、もったいない。娯楽小説としてはそこそこ楽しめるが、学芸会風のドタバタも食傷気味、カップ麺の化学調味料みたいにチープな後味を感じる方もおられよう。

ナイチンゲールの沈黙 Book ナイチンゲールの沈黙

著者:海堂 尊
販売元:宝島社
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小児病棟、大人とは異なるメンタルなケアが必要な現場の事情を察することができて、素材としても面白いと感じたのだが、表面的でもしかしたら未消化のコドモ世界観、怪獣ネタで語らせるはずが、逆に不気味なオタクの虚構世界を構築したような。

バチスタという非日常的な高度医療と違って、親ならほぼ必ず当事者としてテーブルの向こう側に座る領域。扱いを間違えばコモディティ。医療研究の先端領域に身を置かれるという超専門的アドバンテージを活かしにくく、地味に過ぎるフィールドを選んでしまったのかもしれない。

脳の話は興味深いし一見『先端』風。だが、輪切り状態で脳の部位の興奮パターンを色分けで表示といのはすでにテレビで日常的に使われている手法で、高度と感じさせない。また、歌で視覚イメージが伝播し再現されるというプロットが決定的に嘘っぽい。もし本当だよというエビデンスがあるなら、巻末にリファレンスを載せておくのが親切だし、限りなくノンフィクションな世界を舞台とするフィクションを書く作家さんは、だいたいそうしているように思う。

もうすぐ次の『螺鈿迷宮』が手元に届きそうなので、こちらにはものすご~く大きな期待を寄せさせていただいている。で、ほとぼりが冷めた頃、また昼行灯氏にお目にかかりたい。

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