« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月

2006年11月30日 (木)

容疑者Xの献身:誇り高き草食動物たる理系人に捧ぐ

理系離れが進んでいるそうだ。

理系っていうと、卒業してから製造業へとレールが敷かれている。だけど、製造業でこつこつ働いても、その努力と成果に見合う処遇と給与を得ているお父さんは多くなさそうだ。そういう父親の姿を見て、理系はあかん、子供がそう思うのは無理からぬこと。だったら、ホリエモンとかムラカミおじさんように、俺もマネーゲームでヒトヤマ当てたろと思うだろう。一方、時代の花形『金融工学』は高等数学の世界、まぎれもなく理系の領域だけど。

さて、ニッポンの理系人、気質は概して草食動物的だったりする。なかには大前先生のように限りなく騎馬民族的な方もいらっしゃるが。そして『容疑者Xの献身』は、日本に生息する典型的な草食動物型理系のDNAにプログラムされた、悲しいサガの話。

容疑者Xの献身 Book 容疑者Xの献身

著者:東野 圭吾
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

愛は盲目、なんて言うと、先日読んだ『愛ルケ』渡辺淳一先生のエロスというか逆に純愛の世界を想起してポジティブな気分にもなるが、片想いがあらぬ方向に暴走すると言い換えると、不気味な闇に向かうネガティブな情動の存在を感じる。そこで理系とオタを親戚のように誤解してしまう向きもあろうが、それらは直行する概念。この物語では、サイエンスを指向する人に見られる、誇り高き求道者のスピリットが描写される。

物理学者と数学者、二人とも『やり過ぎ』て自分も周囲も不幸にする。そういう意味で、二人の根っこは同じ。いや待て、ゴリゴリの理系オーラを撒き散らす著者を入れて三人。となれば、俺を入れて四人のルーツは同じ。そう言ってしまっては著者に怒られるかな。

それにしても、無駄を感じさせない文体、計算された筋書き。緊張感が持続して、楽しませてくれるのも『理詰め』か。もっと早く読むべきだった。というより、人気がありすぎて、図書館では一年ぐらい待たされるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月29日 (水)

愛の流刑地:お父さんのための今のままでよかったんだ講座

原作中では40代美人女性検事、映画ではハセキョーが演じる。公判中の見せ場、ボイスレコーダーから流れる濡れ場実況音声を、はて、どんな顔して聴くのやら。寺島しのぶさんの恍惚艶技に負けず劣らず、楽しみが新春に松。

愛の流刑地〈上〉 Book 愛の流刑地〈上〉

著者:渡辺 淳一
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

愛の流刑地〈下〉 Book 愛の流刑地〈下〉

著者:渡辺 淳一
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

『仕事はできても女を快くしない』男と、『仕事はとほほでも夜はばっちり』君を対比。自分は後者、ライバルは前者とこき下ろす論調は、通勤電車で日経新聞を折り畳んで読んでいるオトーサンたちには大喝采ものだったろう。読者に迎合ということではない。これもカスタマー・サティスファクションなのだ。

だけど、自分的には『小説家の皮肉』が面白かった。『過去の人』扱いとなった小説家、せっかくの大作も出版社に色よい返事をもらえない。それが大事件を起した途端、とんとん拍子に出版、ベストセラーに。巨額の印税は口座に入るが、自分は『流刑地』、塀の中にあって意味をなさない。

そして、奥が深いエロスの世界。突き詰めた先に桃源郷が約束されないのか。常識的な一線を超え、方や命を落とし、方や『流刑地』送りとなった。平凡、中庸、小さな幸せ、確実に幸福だ。知らぬが仏。なんでもそーゆーところはある。ワインだってそう。嗜まなくても人生は幸福。好きになれば、楽しみが一つ増えるだけ。のめりこんでグランヴァンがわかるようになると、果てしない浪費で地獄をみることもある。極めれば極めるほど、さらに極めたくなって、そこそこのもので満足できない体になってしまう。まるで不幸と隣り合わせ。

仕事もいまいち、艶もなし、大多数の私達おじさん族は、ああ、それでよかったんだよと、ほっと胸をなでおろす。癒し、これこそ至高の顧客満足だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月25日 (土)

学校に行かなかった研一:最強のナイスガイだったわけですな

仕事はできるし驚異的な経歴。どっかに傷は無いのかと探してしまいたくもなる。『学校に行かなかった』、ほほう、天才にありがちな奇行ですな。そういう興味本位、やじ馬根性でこの本を手に取る人も多いはず。だが、そこに書かれているのは大前賛歌。天は与える人に全部与えちゃうという典型例で、参考にならない庶民は笑って聞き流すしかない。

学校に行かなかった研一―「年上の妹」がつづるケンチャンの素顔 Book 学校に行かなかった研一―「年上の妹」がつづるケンチャンの素顔

著者:大前 伶子
販売元:ぜんにち出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

国際的に著名な識者が日本を語るときに大前氏ばっかり出て来る現象。著作はかなり読んだけど、人としてどういう感じなんだろう、そういう興味があった。野次馬根性と大差無いかもしれない。だが一つ感じたのは、何か壁に直面したとき、普通の人はあっさり諦め、能力のある人は、壁を壊して『上がり』になってしまうのだが、この人、ものすごいエネルギーを得て、最終的には壁なんかあったんかというぐらい遥か彼方に飛んでいってしまう。こういうのを『バネ』にするって言うんだな。

スーパーマンすぎちゃって一般人には真似できる所があまり無いんだけど、ウルトラグルの唱える主義主張のほうで共感できるところを貪欲に吸収しようというのが、身の丈にあった学習姿勢ということになるわなと、おお万年アプレンティスよ、いつもながら自虐的。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

加賀屋の流儀:おもてなしは文化、お客目線での加賀屋へのオマージュ

かくいう私も、加賀屋の雪月花に一度宿泊してみたいなあと思っている一人である。

サービスを行う従業員の個性がサービス品質に影響するのは、経営管理する側から言えば、通常は心配の種でしかない。そこそこの品質でばらつきなくサービスが行われることを確保することによる信頼性、これこそが現代的な旅館経営なんじゃないか。加賀屋のあり方は、その逆。サービスは属人的であることこの上無い。

加賀屋の流儀 極上のおもてなしとは Book 加賀屋の流儀 極上のおもてなしとは

著者:細井 勝
販売元:PHP研究所
Amazon.co.jpで詳細を確認する

加賀屋のサービスを語るのに、宿泊客からのお礼の手紙の紹介から、それも陰膳という、普通の客は目にすることもないサービスから説き起こす。加賀屋はそこまでやるのかと。独特の人的ネットワークが可能とする、先輩から後輩への『おもてなし』文化の継承。加賀屋のサービスは、加賀屋という『文化』そのもの。客室などのハードも大事なんだが、それらはサービスの女性軍団をサポートするバックエンドあるいはインフラとしての機能という指摘はなるほどと思わせる。

この著作では、『加賀屋はサービスなり』という視点から書かれているために、例えば台湾加賀屋の件について割愛されている。テレビの報じるところによれば、日本の失われた10年と呼ばれる不況は、加賀屋といえども影響が無かったわけではない。この時、積極的に海外からの客を受け入れる決断をしたとされる。特に、台湾をはじめとするアジアである。国内の顧客へのサービスには微塵も影響を出さず、こうした努力が水面下で行われていた。そしてこの努力は大成功し、サービスは海外でも評判となり、ついに台湾に加賀屋が作られることになる。

こういう『プロジェクトX』的な目線でのルポというのも、あっていいと思うのだが。経営上の話は、この本ではあまり触れられない。サービスが加賀屋の本質だから、書く必要無しと判断したか、書けば加賀屋のイメージに悪影響があるかと配慮したか。後者だとすれば、この本は少々、提灯記事的な意図があったかなとも考えられないこともない。

会社で言えば、社史のような。一点の曇りも無き、賛美。これはちょっと、読んでいるうちにバランス感覚がおかしくなる。

著者は、旅館とホテルを対比し、旅館は積極的に宿泊者にコミットするサービス、ホテルはプライバシーを重視して篭ってもらうサービスとする。なるほどではあるんだけど、最近の高級ホテルは変ってきたような。エグゼキュティブ・フロアに専属のコンシェルジェは配置するし、かなりの権限を持たせ、なんと客をさりげなく『観察』することで、コミットを必要とするタイミングで積極的にコミットする、なんて話を有名コンサルのコラムで読んだような。

隅々まで行き届いた『気配り』、ここら辺までが共通で、アクションが属人的なほうがいいのか、システム的合理的なほうがいいのか、個人の趣味、文化、目的によって、色々な業態がありうるということだろう。

いずれにせよ、加賀屋には、加賀屋を楽しむために行ってみたい。宿泊することそのものが目的。箱根なら、美味しいフレンチを食べるために、オーベルジュ・オー・ミラドー。そして、加賀屋はやっぱり、日本一の『おもてなし』とはどんなものか、楽しむために。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

スタートレック6:キャストもファンもお達者倶楽部で同窓会

スタートレック・オリジナル・シリーズは、今となっては古典であり、シリーズをDVDやビデオで所蔵する図書館も多い。今回は、寒川総合図書館のDVDで、なぜか唯一見残していた第6作で最終作、『未知の世界』を見た。

スター・トレック6 未知の世界 DVD スター・トレック6 未知の世界

販売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日:2005/10/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ドクター・マッコイなんてもう3ヶ月で定年退職とか言ってて、カーク艦長も船を降ろされかかっている。うげー、爺さん達の映画かよと毒づくも、こちらも同じだけ歳をとっていて、どっちもどっち。

そこではすでに世代交代が進んでいて、ミスター・カトー(Mr.Sulu)もエクセルシオール号の艦長さんに。規則無視はカーク艦長譲り。エンタープライズ号の外形に変化は見られないが、キャビンの内装は随分近代的にリフォームされたようで。ただし、メインの舞台、火を噴いて右に左に傾くブリッジはそのままのようで、お達者倶楽部も中央に同居の3世代混声クルーに合わせた、古き良き大家族の空気を感じさせるような。

年寄りの冷や水、なんて仰いで唾を吐くような言い方だが、そういう爺さん達の宇宙飛行といえば、クリント・イーストウッドの『スペース・カウボーイ』なんて映画も思い出したりして。男はどんなに歳を取っても夢の実現をめざす、なんてね。『その後』ということで、コクーンみたいな作りで『あのクルーは今』なんてシナリオもありえるけど、『介護』されてるクルーもいたりで、そこまでやると夢を壊す結果になるわな。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

プロ☆社長:中落ちに貴重な弱者の戦略

弱者の戦略、ランチェスター経営の方法論が鏤められている。中程まではナルホドソウカと感心しながら読んでいたが、DVDとCDの下りが始まると、、、ついて行けなくなる。

プロ☆社長 Book プロ☆社長

著者:竹田 陽一
販売元:中経出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

こういうマジな本を読むときにはマインドマップ(もどき?)を書きながら読むようにしているのだが、この本に関しては、出来上がる骨格はびっくりするような内容でもない。至ってオーソドックス。だからマップはあまり面白くならない。価値ある情報、美味しいノウハウは、その骨にぶら下がる肉の部分、中落ちにある。そういう断片的な知見が、とりあえずとても有難い。

例えば、大企業出身の人が消費者相手の商売を始めようというとき、チラシなんて発想はまず出て来ないし、MBA教科書に『効率的なチラシの撒き方』なんて書いてない。ランチェスター経営でいうところの『弱者の戦略』とともに、『チラシの撒き方』みたいな『経営学』と呼ぶにはあまりに泥臭い知識が必要だ。そういうノウハウ本はやはりその道の専門業者の人が書いていて、それなりのボリュームの本となっている。視線を下げるのは自尊心が傷つくこともあってイヤなもんだが、社長や事業主が自ら『今の自分達は弱者だ』と一旦認めて、努力して目線を下げて行かないと、サバイバルも難しい。

格好悪くてもいいから生き残りたい、なんだか『やわらか戦車』の台詞みたいだが、そういう真摯な自営業者にとって、『弱者の戦略』はその概要を知っておいて損は無い、貴重な智恵の一つであると考える。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

異常気象売ります:長編小説もタイトルで勝負

学生の頃、英語の学習教材で、この小説の原書をオーソンウェルズが朗読するテープを聴き、並行して原書を読み、勉強した記憶がある。テープ各巻の最初にはなんとも大時代なイントロが流れ、そのメロディーは今でも頭の中で再現することができる。シェルダン先生、ありがとう。

このような形で日本には比較的良く知られたシドニーシェルダン、最新刊の邦訳版。大きい文字は、歳のせいか目が悪くなりつつある私にはありがたい。すごいスピードで読み終えるから、なんか、達成感みたいなものはあるんだけど、それが読後のカタルシスに勝るようでは困ったものだ。本当は1冊分の内容だったかも。原書で読めるんだから、原書で読んだほうが絶対にいい。

異常気象売ります〈上〉 Book 異常気象売ります〈上〉

著者:シドニィ シェルダン
販売元:アカデミー出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

異常気象売ります〈下〉 Book 異常気象売ります〈下〉

著者:シドニィ シェルダン
販売元:アカデミー出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

マイケルクライトンの『恐怖の存在』あたりを想定して読むと、びっくりすることになる。自分も、『異常気象』という最近の流行語に惹かれて読み始めたのだが、異常気象に一番深く関係するのは、巻末の著者あとがき。そこに書かれている内容には驚いた。だったらなんでホワイトハウスはハリケーンの被害を阻止できなかったか。あ、そうか、破壊する方向の技術だけ確立されているのか。ビョーキですな。

異常気象云々はプロットにほとんど関係無い。それがマイクロウェーブ兵器であっても何ら問題は無かった。そして原題は、『Are you afraid of the dark?』だ。最近の国内出版界の悪しき風習、『タイトルで勝負』、これを反映したみたいだな。だけど先生、それだけ情報収集してるんだったら、本当に異常気象の技術をコアに置いたストーリーが展開できるのでは。

あ、そうか。シェルダン先生の次作こそがその内容か。邦題は、『今度こそ本当に異常気象売ります』ってか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

トランスポーター:軍港の街マルセイユにバイオレンスの火華咲く

2枚目というんじゃなくてちょっと不気味な奴、理屈っぽくて頑固、まさかこれが主役かよと心配になってきたら、これが硬派、そして喧嘩が滅法強いという設定。車オタクっていうマニアックでキモい雰囲気は漂わせっぱなしだが、徐々に明らかにされる、男気ある好感の持てる奴という素顔、そういう演出。

トランスポーター【廉価版2500円】 DVD トランスポーター【廉価版2500円】

販売元:角川エンタテインメント
発売日:2006/01/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

原語で聞き取ろうとしても、ちょいちょい字幕に頼る。人身売買なんて書いてあったが、より現実的には不法移民だろうな。で、またまたマルセイユ。脚本のリュック・ベッソンさん、スキューバやってたのは地中海沿いの『街』ってことだけど、Taxi,,2,3と続いて、この作品も舞台はマルセイユってとこ見ると、『街』=『マルセイユ』かな。それともカーアクションはマルセイユだぜと確信する確たる理由があるのか。マーシャルアーツとか武器とかカーチェイスとか、そういうバイオレンスな方面が好きな人にはたまらんでしょうな。そういうのに全然興味が無い私は、非ハリウッド感というか、なんかアクの強さを感じるつくり、フランス風というほどにはフランス映画を知らんのだが、その『なんとか風』とかいいようがない滲み出る個性をとても楽しむことが出来た。

続編を見るためにまずこちらを半額の時に、という意図だったんだが、続編も半額になってから見るかなと気が変わってしまったのも残念なことで。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

アマランタイン:期待通りという膨張する欲望を裏切らないことの凄さ

日本語で歌ってますと教えられても、芭蕉の俳句にインスパイアされて作りましたと言われても、全然日本語は聞こえてこない。メロディ、そういう定型的なリズムがあって、繰返しパターンがあって、そういう世界ではない。浪曲師のうなり。喩えるならば。

サラ・ブライトマンも『青い影』を持ってきたりと意欲的で、この2人は癒し系ということで近いポジションに置かれているのかもしれないが、アマランタインは踏み込めばアバンギャルドな『棘』がそこかしこ。官能剥き出しのサラとは対極にあるのかと。

アマランタイン~プレミアム・ウィンター・エディション~ Music アマランタイン~プレミアム・ウィンター・エディション~

アーティスト:エンヤ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/11/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これはいつものエンヤですね、という音なんだが、飽きる感じが全然しないのは、背後でかなり野心的な実験をやってることと無関係ではないだろう。声を楽器のように使うという発想は他のアーティストでもそれなりに採用されてきたと思うが、コトバまで楽器に、音楽用に最適化した言語を作ってしまうとは。

美しい容姿、透き通る声、しかしその真の姿は、理詰めで考え、創造できる、稀代の才女。こういうウルトラ・スーパー・レディが大好きなんだが、そういう女性に自尊心をズタズタにされるのが苦手な人、そういうフツーのヒトである私は、何も考えずに聴いて癒してもらうのがいいのだろう。美人の女医さん。医女チャングム。凡人が不用意に近づくと、知性という鋭利な棘が深ぁーい傷跡を残す。安心感と緊張感の同居する対比の美。いや、チト考えすぎだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

御社の営業がダメな理由:営業現場での集合天才論

昼間から喫茶店にいるスーツを着た人種は何者なのだろうかと思っていたが、営業の現場でのサボタージュを目撃していたのだとは、われながら驚いた。中小企業やベンチャーには優秀な営業マンは入って来ないという前提から起された、営業マネージャのベストプラクティス。これは実践してみる価値があるのではないか。集合天才といえば発明の場、研究開発論が普通なのだが、こちらは営業現場での集合天才論。

御社の営業がダメな理由 Book 御社の営業がダメな理由

著者:藤本 篤志
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

営業日誌云々のくだり、さすがに現在ではSFA(Sales Force Automation)ツール群を有効活用すれば違った展開がありえるだろう。所要時間から部下は7人程度までという制約も気になる。営業は属人的であることに異論はないが、『営業量』を増やすための道具、営業知識を『増幅』するシステム、そういった使い方と組合わせることで、スーパー営業マンがいなくても組織としてスーパー営業部隊として機能させるという目論みにさらに現実味が加わる。

この本では、一つの数式を主題に置き、その数式の各項の意味を深堀りしてゆく形をとる。営業という分野において網羅性があるようで、しかし、何かワンショットの施策を詳述した作という印象がする。おそらく有効なショットなのだが、ショットは他にもありそうで、もし他のショットをお持ちであるなら、また一冊の本として具体的に紹介してほしいと思う。その本の帯に「御社の営業が、、、の著者がふたたび、、、」とでも書いておいてくれれば、少なくとも私は確実に手に取るし、同じ行動をとる人はかなり多いと考える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月20日 (月)

餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?:会計屋がいちばん儲かるというオチ

またまたタイトルに釣られ、読みはじめて、途中で斜め読みモードに突入して、最後に後悔している自分を発見。学習効果の無いことよ。会計って、正直なところ、あんまり面白くないから、啓蒙書を読んでも身につかず、何回も何回も似たような入門書をとっかえひっかえ読む結果になる。さおだけ屋にはじまり、社長のベンツ、今はさしずめ、餃子とフレンチ。

そう、会計屋さんは、タイトルで勝負。

餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか? Book 餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?

著者:林 總
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

パリあたりの三ツ星レストランでコースを頼むときに、どのワインがベストマッチかソムリエに聞くと、ラ・トゥールです、なんて真顔で答えてくる。日本人だと思ってふっかけてるのかと思って周囲を見ると、フランス人の客までラ・トゥールばっかり飲んでた、なんて話をどこかで聞いたことがある。本書の大団円の舞台は、残念ながらパリでは凋落著しいあの『銀の塔』、そのニューオータニ支店。最初からラフィットとは景気のいい話だが、ラフィットと言ってもビンテージで味も値段も全然違う別モノのわけで、年号までは出て来ないところ、著者さん、それほどコダワリをお持ちではないようで。

それにしても一人分の料金が片手は下らないそんなレストランで御会食とは、会計屋さんは、本当に儲かるもののようですな。まことご同慶の至りで。

これが経営学についてということであるならば、メンターが出てきて、経営者が成長して、このシナリオは神田昌典『成功者の告白』を彷彿とさせるが、本書では残念ながら人間ドラマのほうがチト薄味な感じ。完全にフィクションのゆえか、それとも会計学とはそーゆーものか。

まあ、わからんもんは永久にわからん、そういう理屈かもしらんわけで、こういう『楽しく読める入門書』みたいな本を、出版される順に片っ端から手に取り、あーわからんと繰返し嘆く運命、所詮は鴨ネギ、会計士さんにラフィットを飲ませる『いいお客さん』なのだよと覚悟すべきであるのかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

中国が世界をメチャクチャにする:肥大化するエゴも、本能と思えばわかりやすい

経済で引力、政治で斥力。緊張感ある絶妙のバランスと言っては当事者意識の欠如を疑われるが、ときに理解不能の行動に出る巨大な隣人について、『実利主義』で『融通無碍』、この2つのキーワードをもって解説する。なるほど、わかりやすい。北京駐在経験のある英国のジャーナリストという視点、ある程度の客観性が期待できる。現在の日中関係についても危惧が述べられていて、真摯なご意見がありがたい。

中国が世界をメチャクチャにする Book 中国が世界をメチャクチャにする

著者:ジェームズ・キング
販売元:草思社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

中国の現在を読み解くために知っておかなくてはならない背景情報。日本人が書くのはタブーのようなものがあるのか。歴史的経緯など、本書でははっきり書いてくれている。『あー、そーだったの』なんて、たんに自分の不勉強かもしれないが、『初めて知りましたよ』という驚きのなかには、あるいは、日本の大手メディアが報道しないという、昨今あちこちで囁かれてきている事情のなせるわざ、そういうものが含まれているのかもしれない。

地方行政の目を覆いたくなるような腐敗。だけど、そういえば昨今は、わが国でも知事レベルに司直の手が入りまくっているわけで、いわば目糞鼻糞。いかにも公然と私腹を肥やすところ、『くっくっくっ、越後屋、おまえもワルよのぉ』という大時代のヒールのステレオタイプな雰囲気を纏う。

要するに、お腹のすいた大きな赤ん坊。そういう比喩ができると思うのだが、そのうち悪いお友達とばかりとつるむようになって、他の『よいこ』を虐めはじめるとなると、体がデカイだけに、こりゃやっかいだわな。

※ ここで『よいこ』とは、『よいこ』を自称するグループに所属するという意味であって、実際に良い子であるとは限りません。負けず劣らず腹黒かったり、裏で残虐なことをしていたり、危険なオモチャを売ってたり、自分だけよければイイと思っている『よいこ』もいます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月17日 (金)

わたしの名は紅:トル魂洋才、様式のチカラ、支配と信仰の海峡を超えて

ああ、学生時代に、世界史とか、世界地理とか、もっと勉強しておけばよかった。本を読むにも、海外旅行に行くにも、異文化コミュニケーションを嗜むにも、その喜びも深かったろう。人生の分岐点でも、あるいは、より適切な意思決定ができたかもしれない。鉄は熱いうちに打て。もはや手遅れ。履修単位偽装があった、そういう話ではない。知れば知るほど、知らないことが多すぎる。そうとわかる、無知の知。しかしそれは、ある年齢を過ぎると苦痛なだけ。自己防衛と自己正当化。新しいものから目をそむけ、否定するための根拠を探す。原理主義。純粋さもバランスを欠けば頑迷さに通ずる。老害のはじまり。

さて、今年のノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムク氏。トルコから世界へ、国際的によく知られるようになったきっかけの作品、『わたしの名は「紅」』。作品の各章では、登場人物の一人にずっと語らせる。章のタイトルも、『わたしの名はオリーブ』のように、その人物が名乗る形。いや、人物以外にも、『わたしは馬』もあったし、木も蝶も、『わたしは犬』もあった。熊も一瞬出てきたけど、『ぼくはくま』♪、とはならなかった。

わたしの名は「紅」 Book わたしの名は「紅」

著者:オルハン パムク
販売元:藤原書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この本の原典はトルコ語であり、英訳版は名訳とされる。たしかに、名訳あって、欧米に知られるチャンスも生まれる。国際的知名度あってはじめて、ノーベル賞の候補にもなる。村上春樹氏の作品の英訳版はどうだったのだろう。海辺のカフカなんて、翻訳がすごく難しそうだが。外国文学の邦訳がありゃりゃの品質であることがアマゾンのカスタマーレビューに書かれる例もよく見る。品質は訳者次第。英訳がコケれば、本は国際的に知られず、ノーベル賞もやってこない。本作の英語版をAmazon.comのリーダーで覗くと、主人公「カラ」は「黒」の意味だそうだが、英訳版ではそのままBlackと表現される。じゃあ、日本訳でもと、「わたしの名はクロ」とか、あるいは安田大サーカス風に『クロちゃんで~す』とか、、、サマにならんわな。ちなみに英訳版でも、章のタイトルは「I am Red」とか、「I.Shekule」とか、やはり登場人物が名乗る形、中学一年英語教科書最初の構文で。

さて、トルコといえば、日本に好意的な国民感情をもってくれていると伝えられ、実際、中近東の有事の際に、在留邦人の国外脱出を助けていただいたエピソードが知られる。しかしながら、わが国の学校教育の場では西欧圏を重視するあまり、トルコの歴史や地理に十分な時間がさかれてきたとはいえないことは残念である。文学の紹介においても事情は似たようなもので、『トルコの有名な作家の名前を一人挙げよ』とクイズ番組で出題されたところで、沈黙で応えざるを得ない人が少なくなかろう。

また、わが国では、イスラム圏の人々の生活習慣もキリスト教のものほど知られていない。そのため、本作で描写されるエピソードはとても新鮮であって、しかしそれは正しい理解ができているか微妙ということをも意味する。さらに空間的なビジョンも、欧州からペルシャ、インド、あるいはシルクロードを経て中国へと至る広大なものである。そのほぼ中心を占めるオスマン帝国、その帝国が誇る細密画、そのピークから衰微へと向かう16世紀、スルタンおかかえの工房が舞台である。写本とくれば、仏典を想像し、宗教画とくれば、仏教画やらイコンから類推せざるをえない。オスマン帝国史上の有名人、逸話、こうなって来ると、もうお手上げだ。

そして残酷なことに、目を酷使する細密画師は歳を経て失明する。名誉ある失明と美化された。現代、パソコンと長時間睨めっこして目が霞むのとはわけが違うが、それでも霞むのが恐くなってくる。ああ、現代の細密画師。実際には加齢による白内障やら病理的なもので、治療法が無い当時は、ということだったのだろう。そういうことにしておこう。目の酷使には注意。

それにしても、観光地として歴史的世界遺産イスタンブールはとても魅力的。同じトルコの世界遺産カッパドキア周辺で邦人が交通事故に巻き込まれた残念なニュースも漏れ伝わって来て、邦人旅行者の数は増えていると察する。知識があればあるほど、旅行も楽しい。一度行ってみたい国。その前にオスマン帝国を中心に世界史の補習70時間、怠りなく。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年11月14日 (火)

ウタダのココロ、垂直試飲

面白そうな番組はないかとチャンネルをスキャンしていて偶然見かけたNHK『みんなのうた』、なつかしい声にふとそのまま聞き入った。レベッカのNokkoの声だ。ああ、彼女はこんなところで頑張っていたかと嬉しくなった。それは『フルサト』という曲で、実際には3年前の作品だった。コンサートでは叫び飛び跳ねる、あの尖がった歌姫Nokkoが、こんなしっとりした童謡を書いて歌うのかと。でも思い出してみれば、『フレンズ』に感じる郷愁みたいのと同じものが、この『フルサト』にもあるような。それはNokkoの声で呼び出される記憶のようなもの、ということかもしれない。激しいかどうかの違いはあっても。

『みんなのうた』といえば最近、『ぼくはくま』でも驚かされた。

ぼくはくま Music ぼくはくま

アーティスト:宇多田ヒカル
販売元:東芝EMI
発売日:2006/11/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

アーバンでクールで複雑でポップな曲を書く音楽人で、テレビ番組で見せる『隣家のお嬢さん』的な普通っぽい人で、藤圭子の娘でNY在住というセレブの人という、それでなくても1人のイメージに集約しくにい人が、こんなストレートでシンプルで癒し系の童謡とは。別の芸名で『くままま』とか名乗っても、声でバレバレだしね。

ということで、特にファンというわけでもなかったので、ウタダとアユを対比するメディアに乗せられて誤解してきたわけで、ウタダの曲を今まで正しく聴けていたのか気になって、もういちど時間軸を逆に辿って作品群を復習することにした。ワインでいえば、垂直試飲だ。2回ぐらい聴いて放り出した『Ultra Blue』(極青と呼ばせてもらおう)、そして評判散々で全米でおおコケとなった『Exodus』(脱出とね)。あれー、両方ともすごく良くできてる。おツムのバイアスがちょっと変っただけで、こんなに聴こえ方が違うもんか。

『Ultra Blue』を最初に聴いたときは、なんか本当に全編ブルーな感じねと、複雑なわりには曲調がモノトーンなんじゃないのと、少々飽きちゃった感じを記憶する。これは作風なんだろう。一曲一曲気合いを入れて聴けば聴くほど、美味しさが滲み出てくる、なるほどそれは、するめの味。曲が裏切らないという安定感・安心感を感じる。

『Exodus』は海の向こうの評判などネガティブな先入観が鑑賞の邪魔をする。が、やはり、知れば知るほどイイ女、じゃなかった、曲。ジャンルがリズム・アンド・ブルースに分類され、ウタダの大好物ローリン・ヒルのオマージュみたいな曲もあるけど、全体的には前衛とか新種(オルタナティブ)ってところか。日本人の嗜好にあわせてポップに味付けられた邦楽売れ筋の極青ウタダもいいが、やりたい放題のウタダ・セレクト、脱出ウタダの七色変化も楽しい。一番好きな曲はどれでしたかと聞かれて、『Kremlin Dusk』でしたと嬉々として答えるわたし。ケイトを引き摺ってるか。まだウタダのココロが全然わかってないと言われてもしょうがないわな。

※ 『ぼくはくま』:特設サイトで2007/01/22までフルコーラスが聞ける。映像は、YouTubeで『ぼくはくま』で検索。著作権の問題から、いつまで残っているかは不明。

各図書館のCD【待ち人数/在庫数】
図書館名茅ヶ崎藤沢寒川平塚
Ultra Blue -/1 57/3 0/2 -
Exodus - 0/2 - 0/1


※ 茅ヶ崎図書館ではCDの予約不可。

※ 免責事項:正確な情報が必要な方は、各図書館に照会下さい。弊方では情報の正確性に十分配慮しておりますが、ご利用は自己責任で。弊方はなんらの責任を負いません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月11日 (土)

そして2つのピラミッド:ダ・ヴィンチ・コードその後、てか

ガラスのピラミッドに始まり、ぐるりと回って、そのピラミッドで物語は終る。対称美の世界。そこに埋葬されるのは。ダ・ヴィンチ・コードのアイデアはそこから始まった、原題はガラスのピラミッドだった、そんな話がまことしやかに聞こえてきても、ああ、そうかもしれないと信じてしまいそうな、映像の背景を飾るピラミッドの美しさ。あれ、今、パリの顔の傷、って言った?

ガラスのピラミッドでググると、札幌モエレ沼にもガラスのピラミッドがある。『石の彫刻家』、イサム・ノグチの設計である。完成を見ずに没したノグチは、小学校の頃は学校に行かずに、茅ヶ崎の木工職人の元で修行をしていた時期がある。ひえー、茅ヶ崎にとっての『ガラスのピラミッド』物語は、札幌、ニューヨークと巡礼するのか。

映画の話にもどる。風評なんてまったくあてにならん。娯楽活劇としてとても楽しめるではないか。細かな謎解きは原作読んでね、そういうことで絵作りに徹底的にこだわった、美男美女のめぐるパリ・ロンドンの旅。そしてオプスデイ、じゃなかった、オプショナルツアーで行く、スコットランドはエジンバラ。聖杯の故郷へと向かう巡礼、お墓参り紀行。

ダ・ヴィンチ・コード デラックス・コレクターズ・エディション DVD ダ・ヴィンチ・コード デラックス・コレクターズ・エディション

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2006/11/03
Amazon.co.jpで詳細を確認する

最初にトム・ハンクス演じるラングドン教授が行う講演の場面、つかみの部分が演説らしい演説になってて、まあカッチョいいこと。カラダじゃなくてオツムを使えと、知性派という新種のアクション映画。その骨格は典型的宝探し。レイダース、ナショナル・トレジャー、ハムナプトラ、その類い。呪いとか霊魂とか遺跡の罠とか、超自然現象やらオカルトが炸裂するのではなく、宗教という人間ネットワークが相手。ああ、サーカスから動物を取り去って、人間だけのシルクドソレイユがある、みたいなもんかいなと言っては類推も過ぎたるがごとく。

ルーブルにイオ・ミン・ペイ作、札幌にイサム・ノグチ作。ローズライン、ブラッドライン、そして2つのガラスのピラミッドをつなぐグラス・ライン。ううむ。ミステリーの方向性としては、かなり苦戦する方向を向いているかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年11月 9日 (木)

ユダの福音書を追え:実話は創作以上に面白い

ユダの福音書発見の仔細を報じる2冊のうち、『原典ユダの福音書』では発見された写本の内容を詳細に伝えるもので、関与した当事者がそれぞれ寄稿する形であったのに対し、『ユダの福音書を追え』では、発見から発表に至る30年のドラマを一人の記者に語らせるドキュメンタリー仕立てとなっている。専門書で硬派の『原典』に対して、『追え』では、レイダースみたいな宝探しあり、そのお宝の窃盗事件あり、若く美しく賢いヒロインの活躍ありで、娯楽として楽しめる造りとなっている。実話は創作以上に面白い。

ユダの福音書を追え Book ユダの福音書を追え

著者:ハーバート・クロスニー
販売元:日経ナショナル ジオグラフィック社/日経BP出版センター
Amazon.co.jpで詳細を確認する

一般大衆の拍手喝采と玄人筋の非難轟々が対照的なダ・ヴィンチ・コード。映画も公開され、古代キリスト教史に人々の興味を向けた功績は大きい。そのブームのなか、これ以上無いというタイミングでのユダの福音書発見の報。だが、キリスト教古代史が注目される背景には、民族紛争とテロ、冷戦後の対立軸に不幸にして宗教が浮上してしまった事情もあろう。

異端、という言葉に不気味さを感じなくなるほど、現代の宗教は多様であり、それは総じて社会が多様性を容認するようになってきたからだと考えられる。かつて異端を徹底的に排除したキリスト教にあっても、人々の文化と地域の特性にあわせて様々の『東方教会』ができていったように、宗教は多様化する。変らないことを美徳とする『原理主義』的な一派から、積極的に変化する『急進』的な『新興』勢力まで、スペクトル状に広がりをもつ。変化の原因となるのは、時間軸方向には科学技術の進歩、社会体制の変化。空間方向に、地域性。俗人的軸には、民族性、文化、など。

どの宗教を信じようと個人の自由。だが自己責任。どんな宗教を始めようと、布教しようと、結果が法律に抵触しないかぎり責任を問われることもない。ところが、宗教に免疫の無い若年層、様々な苦悶を抱える人達は、巧妙な勧誘にコロッと落ちる。そこにつけこむ布教が社会的に許されるのか。それは脱法だろうと違法じゃなければ何をやってもいいのか、その議論に帰着する。倫理。これは宗教とは別の次元で存在する。米国では、キリスト教を根拠とするとされ、特に『なぜ』の部分を説明する必要がない。では、日本はどうか。

微妙な問題だが、そこらへんに、若年層から日本が壊れつつある、そう感じさせる、その原因があるのかもしれない。

さて、グノーシス派の教義は難解で、十分な理解に数年の研鑽を要するとの見解もある。裏切り者を明確な背徳の象徴として配することで、新約聖書の四福音書は子供にまでわかりやすい。仏教でいえば、念仏をとなえれば、極楽浄土へ、これもわかりやすい。わかりやすいことで、すべての人の心を救済しうる。難解ならば、理解する前に信じればそれは妄信となって、あるいはいいように操られるリスクすら生む。

異端を排除する。それは現代では思想と宗教の弾圧というネガティブな響きしか持たない。だが、当時の科学技術水準での世界観、教育水準、情報が広域に伝達されない状況を考えれば、邪教が流布して人々を不幸にする最悪のシナリオを回避するという、そこにある善意に基づく強固な意志のほうを評価すべきかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

ダークネス:読み手を選ぶキモコワ、だけど茅ヶ崎は御当地なので

辻堂の海近くに念願の庭付き一戸建てを構えた新聞記者。家に帰れば愛する妻、そして愛娘は茅ヶ崎の高校に通学、いきつけの御洒落なカフェで友人と楽しい時をすごす。青春・友情・恋、夜のピクニックのような展開もあったろうにと思うような設定。しかし不気味な連続犯罪の繰返しへと話は落ち込んでゆくことになる。そういうスプラッターホラーの舞台に茅ヶ崎を選んでもらって、ジモティーとしては、光栄というより困惑を通り越して、、、。

ダークネス Book ダークネス

著者:倉阪 鬼一郎
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

茅ヶ崎駅ビル6階の本屋さんでは、一時、一番いい場所に平積みされていた。ポップには茅ヶ崎・辻堂と犯罪の現場がめぐるミステリー、だったかそんなようなことが書いてある。御当地ものに目が無い自分。読んでみれば、なーんだ、茅ヶ崎はちょっと出てくるだけ。東京・名古屋・大阪・京都・岐阜と重要な舞台が登場するなか、あくまでone of them、そして茅ヶ崎と辻堂であることに本筋上、必然性は全然無い。それが厚木と秦野だろうと、あるいは小田原と鴨宮でもあっても、別に八王子と拝島でもよかった。

件の新聞記者の娘の友人、北茅ヶ崎に住み、茅ヶ崎中央公園で娘と会い、大きいスーパー(多分サティ、もしかしたらジャスコかエイビィ)に寄ってから家に帰るという。シラスが乗った御当地ラーメンにぎゃふん。ここらへんは地元の人にほんのちょっとだけ親近感をサービス。

しかしそれにしても、この作品は読み手を選ぶ。サスペンスだホラーだとはいっても、結末の納得性というか、現代科学でそれなりに説明する努力が確信犯的に省略されることに、フラストレーションを感じる人は少なくないはずだ。自分もその一人だったし。ファンタジーを、妄想だ荒唐無稽だ子供騙しだチープだと無粋な言葉で切って捨てたりせず、それはそれとしてリスペクトできるかあるいは少なくとも楽しむことができる読者向け、といえる。

茅ヶ崎図書館にも平塚図書館にも所蔵があるので、地元の方は、まず借りて味見してみることができる。因みに、藤沢図書館には無い。ポリシー、ということかもしれないし、たまたまリクエストが無かった、ということかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

瀕死のライオン:死ぬほど頑張るのと、死ぬまで頑張るのと、決定的な違い

瀕死というのが半島の独裁国家のことかと、読者はミスリードされたまま舞台はヨーロッパへ。スイスはルツェルンの記念碑、ライオン碑にて種明かしされる。忠誠という美学、しかし冷酷に利用する為政者、時代と国を超えて繰り返される悲劇が、この小説に底流するテーマとして訴えかけてくる。

瀕死のライオン〈上〉 Book 瀕死のライオン〈上〉

著者:麻生 幾
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

瀕死のライオン〈下〉 Book 瀕死のライオン〈下〉

著者:麻生 幾
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

特殊部隊の能力が高いのは当然。限界を超えたミッションでも必ず前に倒れて最後まで貢献すること。精神論だ、為政者側の論理だ、そう言う人もいるだろうが、自分のために頑張るときも、本気で頑張るときはこうなのかもしれない。退路を断つ、というのはこういうことか。死ぬほど頑張るのと、死ぬまで頑張るのと、決定的な違い。それが、特殊部隊になれるかどうかの分水嶺として描かれていると読んだ。ちょっとした発見、新鮮な『気づき』であった。

北朝鮮問題の話題作なら、『半島を出よ』、『Op.ローズダスト』あたり。おもわず本作と比較したくなってくる。それぞれ、「若きヒーローの成長」という物語の王道。ローズダストと本作は、ヒーローはともに特殊部隊の新鋭。そして重要なのが、語り部。警察機構を語るのに、昼行灯の公安キャリア、永田町の官僚機構を描くのに、定年近い内閣情報調査室員。ともにくたびれ加減だが、正義感が強くて人情家、しかし実は豪腕。読者に安心感を与える、ときにピエロでしかし結局頑張る勇者。おじさん層の読者は、この人に感情移入。そしてカタルシス。

一方、『半島を出よ』の主役は、新鋭というより若者、特殊といえば特殊な部隊。暴走族や社会からはみ出した若者達。彼らなりのハチャメチャな方法で、予想外の善戦、そして劇的な最後。ヒーローなんだけどヒールのような。誰に感情移入したらよいのやら。だけど、三作の中では一番好きな作品。

そして北朝鮮の軍人は、実像が知られていない不気味さをもって描写される。特に『半島を出よ』と本作では、恐怖をもたらす人間凶器であり、圧倒的統率力、精神力、破壊力。

さて、今現在というタイミングで六カ国協議に北朝鮮が復帰することが報じられ、ほっと一息の北朝鮮問題。短中期の歴史的視点でみたときに、現在がどういう流れの上に位置づけられるのだろうか。依然流動的な北朝鮮問題、小説の題材として旬の時代が当分続くわけで、『半島を出よ』、『Op.ローズダスト』、そして本作、今後もこうした話題作が続々と上梓されて来るに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »