« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006年6月

2006年6月27日 (火)

グローバルな内容ゆえに翻訳書を読む場合の懸念について

アルビン・トフラーの最新作、富の未来の上巻をやっと読み終わった。行間に考えることが多く、1頁進んで2頁戻る、水前寺清子の唄か、はたまたマイケルジャクソンのムーンウォークか、とにかくやたらと読むのに時間がかかる。

この状況じゃ、下巻を読み終わるときには、今考え感じたことなんて忘れちゃってるだろう、まあ、それはそれで、忘れる程度の内容だよな、ということだ。が、大事なことは全部覚えてるかと言うと、意識下の潜在野に見事落ちてしまうこともままあるわけで、記録しておくことにもそれなりの価値がある。

まず、翻訳の方針、これが一番よろしい方向であったのかということがある。日本を代表する翻訳家の一人の方の仕事であり、翻訳として完成度の高いことは疑念をはさむ余地も無い。なんだが、トフラーの翻訳として、これが一番親切な翻訳だったのだろうかという、そこはかとない、もやもやした後味のようなものが。

グローバルな内容だけに、ジャーゴンがきれいに日本語化されていると、逆に、英語の会話でも論評を読む場合でも、本当はトフラーの造語を想起すべきところを、対応する日本語の方しか知らないから、ぽかーん、という感じになる可能性もある。おまえ、トフラーも読んどらんのかと。

原書が手元に無いので、米国アマゾンでの書評などから原語を推察するのだが、例えば、ファンダメンタルズとか、テレビ東京WBS (ワールド・ビジネス・サテライト) で説明もなく普通に使われてしまう語を、「基礎的条件」という語で徹底するのがいいのか。もっとも、本題のdeep fundamentalsを「ディープなファンダメンタルズ」なんて訳したら、いかにも手抜きにみえちゃう、ということで、問題は簡単では無い。ジャーゴンだらけのトフラーだから起る問題、ということかもしれない。

プロシューマー。主要な語(造語)のひとつで、もはやヤフーの辞書にも載ってるぐらいだから、プロシューマーのままのほうがわかりやすい。

やはり、グローバルな内容のものは、苦労してでも原書で読め、ということなのだろう。原書が出て1年もしてから翻訳書を読んで文句をたれているようでは、お門違いのそしりは免れない。さらに考えると、国際社会とのリンク無しで生きられないわが国、その初等教育の場にあっても、原書を読む、そういう習慣をある程度早い時期に導入すべきではないか。ここらへんで、アジアのハングリーなライバル達にみすみす差をつけられているようでは、知恵が足りないと隣人からいつもの冷笑を買うだけだ。

富の未来の内容そのものについて考えたことは、別途、後日。でもやっぱり、第三の波みたいに、読んでないとそのうちどこかで何かを疑われる種類の本になるんじゃないかと感じた。それは、わが街と東隣の街の図書館が率先して同時にASAPで調達してくれた姿勢からも感じられる。「フラット化する世界」のほうは入って来る気配すら無いのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年6月25日 (日)

孤宿の人:オトナの事情による虚構、破滅への狂騒に翻弄される、もう一人の『おしん』

長編を読み始める時には忍耐を要するある種苦痛な時間もある。が、宮部みゆきさんの「孤宿の人」では、最初から最後まで、飽きることなく、幸福な読書の時間をいただいた。こういうのも筆の力、いま風にいえば優れたエクスペリエンスを提供云々、ということになるのだろう、悲劇ながら涙することも無いなと思ってさしかかった終盤、最後の十頁、不覚をとった。そして、読後には何か残るのか、残らないように見えて、おそらく私の心は癒された、日々蓄積された歪みが取れて健全になった、そういうことだと思う。

孤宿の人 上 Book 孤宿の人 上

著者:宮部 みゆき
販売元:新人物往来社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

孤宿の人 下 Book 孤宿の人 下

著者:宮部 みゆき
販売元:新人物往来社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

地形の描写から海や山と街との空間的関係を頭の中に作ってゆくわけだが、舞台のモデルとなった丸亀と、読み手側の湘南海岸の世界では、海と太陽の関係が逆転している。例えばさざ波を描写する「うさぎが飛ぶ」という表現ひとつ取っても、いわば逆光の関係、さらに海を海抜10m以下の視点から見ることに慣れ親しんだ者には、作者の想定とは異なる色合いと輝き具合をイメージし、ぴんとこねーなー、なんて思っていたかも。こうしていささか歪んだ世界観を構築し、読み進めていた可能性もある。

とはいえ印象的であった、女流の筆ならではの愛情溢れる人物描写、色彩に満ち満ちた風景。あたかも、お寺の座敷の鴨居の上に額に入れて並べて飾ってある、絢爛豪華な仏教画のような、平面的だが極彩色、そこでは後光と呼ばれる金色の光が、しかしここでは雷の光、この光と、そして暗い黒い闇との対比で作られる、深い深い陰影。

医者の名家には、賢くも優しい気品あふれるお嬢様。その世界にひょんなことから飛び込んだ主人公。少女漫画にありがちなんじゃないかという、この手の設定、小説でも、恩田陸さんの『蒲公英草紙』がそんな感じ。男の筆ではそういう設定はまず使わないかと。女性の感受性をおいてはありえないミーハー性、そう言ってしまっては各方面からお叱りを受けそうだが。

そして今、机の上には「ぼんくら」と「日暮らし」が置いてある。宮部みゆきさんの小説って、なんだか長いのばっかりで、ちょっとため息が。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年6月20日 (火)

権力は貪欲にさらに権力を指向するのが道理のようで

Web2.0の代表的企業としてGoogleを取り上げる書籍が旬だ。

グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する  文春新書 (501) Book グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する 文春新書 (501)

著者:佐々木 俊尚
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

概論に関しては聞き飽きた感もあるが、この著作では事例が秀逸。良心的な商売で閑古鳥、しかしアドセンスで絞り込んだ広告を打ったら大繁盛。一方ではサイトを作って技術を紹介したら、意外なニッチ市場で大勝利。なんだか出来すぎたケーススタディだが、すべて事実、だから説得力がある。思わず、私もこういう絞込み広告をすぐやってみたいと思ってしまった。わかりやすすぎるよ > 自分。

そういえば、Googleローカルのビジネス登録のPINレター、2週間以上待ってるんだけど、まだ来ないよ。

さて、この書籍は単にGoogleを持ち上げる提灯記事の集合体ではなく、その脅威論、例えばグーグル八分という恐るべき仕打ち、そして権力のようなものが一極集中してゆく危惧についても、中立的な視点から解説する。

類書は増殖中だが、単なる解説書でも事例集でもなく、自分の事業にもこう活かせるんじゃないかと、ビジネスマインドを刺激してくれて、さらに背中を押してくれるような、そういう良書と感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (6)

2006年6月18日 (日)

死神の精度:因果は廻る、ジャポネスクなシティ・オブ・エンジェルズ

不老不死のイケメン、リアルな死神(?)を主役に据えるストーリーとは奇想天外な。読み始めにまず一本とられた感。短編個々に楽しめて、長編が苦手な私には嬉しい。読み進むうちに登場人物は忘れるは、重要な伏線のメモリもどんどん揮発する、大丈夫か > 私。主人公だけ共通であとは独立の話、オムニバスなんだろうなあと思われた挿話群も、最終作、海の見える理容店で繋がる。それはそれは細い蜘蛛の糸、しかし因果は廻る糸車、邂逅、そして後日談がさりげなく語られる。

死神の精度 Book 死神の精度

著者:伊坂 幸太郎
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

市中を複数の『死神』が徘徊する構図は、日の出にロスアンジェルスの海岸に多数の『天使』が集まる、ニコラス・ケイジのシティ・オブ・エンジェルズを彷彿とさせる。サラリーマン社会のような無責任感すら漂う死神の組織、組織の壁は高く、全貌を見わたせない巨大感。エンジェル達が組織のトップを『彼』と呼ぶ唯一神カルチャー圏の映画に対し、善悪二元論とは無関係の、システムとしての死神、顔の見えない組織感がとってもジャポネスク、なかなか愛嬌ある設定だ。別の死神や人間側の当事者の視点からも語らせることで、厚みが増して、長編にしてさらに面白くなる題材なんじゃないかと。

短編の集合体の宿命、最後にドンと大感動ということも無いが、ちょっと読んでギブアップ、また最初から、というループになりがちなご多忙の諸兄には、とても嬉しい感動分散型ということで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月17日 (土)

陽気なギャングの日常と襲撃:小説にも軽ければ軽いほどよいというカテゴリがあるような

日頃コミックを嗜まないのだが、大人向けのコミックを読むならこういう感じかと思うような軽さ、楽しさ。実際に前作「地球を回す」が最近コミックス化されたが、コミック以上にコミカルに想像力を刺激する小説、というのもいいもんだ。

陽気なギャングの日常と襲撃 Book 陽気なギャングの日常と襲撃

著者:伊坂 幸太郎
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ああ面白かったと、あとがきを読み始めると、その先頭に、前作を必ず先に読め、なんてことを奥歯にものがはさまったような表現で書いてある。おもて表紙に書いといてくれよ。まあ、図書館で予約した本の順番が、というこちらの都合なわけで、私の前に8人待っている「地球を回す」を待つのも面倒だから、知っていても先に読んじゃったでしょうけどね。「下らない会話」と著者の言葉で述べているように、軽妙な会話、複雑なように見えて各挿話のパズルが組みあがった最後に全体を見渡せば、なんともわかりやすいシナリオ。

伊坂幸太郎氏の作、最初に読んだのが「終末のフール」というのが、やっぱり失敗だった。「死神の精度」を読み出して放置してあるのだが、この手のバタ臭いウィット感を伴った奇想天外な作品群、はまってしまうぞ、これはヤバいぞ。軽い、妙に考えさせないカラッとした仕上がりは、ハリウッド映画的でもある。宮部さんのドリームバスターもそうなんだが、芸術的本格大作を書く作者が、軽快シリーズで全く別の顔を見せる。重厚な技術とセンスに裏打ちされた、秀逸の軽量作。どこの世界にもそういう創作の形があるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年6月11日 (日)

ローズダスト:島を出よ、もう一つの高麗遠征軍

長距離通勤という読書に最適な機会の存在しない今の自分にとって、娯楽小説に多くの時間を割いたものか、考えてしまうことがある。仕事や生活への実利も教養ももたらさなくても、考えるきっかをくれたり、カタルシスや、生きるうえでのエネルギーを与えてくれた本は多いのだが。

愛国心や憲法九条、これに絡む教育、外交、タイムリーに考えさせられるローズダストは、「半島を出よ」にも通ずるバイオレンスアクション物だが、至って耽美的、恋はあっても肉欲は無い、作風というか、これは作者の趣味なのだろう。

Op.ローズダスト(上) Book Op.ローズダスト(上)

著者:福井 晴敏
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Op.ローズダスト(下) Book Op.ローズダスト(下)

著者:福井 晴敏
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

密室大好きの古い組織の方々への「なにやってんだ」感、隣人と相互理解できずに疲れ気味の国際関係、しかし国民だってやるときゃやるんだぜという期待感、というか読者サービス。ここらへんは共通のお題ということですかな。

半島を出よのヒール、高麗遠征軍。最終的に福岡を救う、ヒーロー、病的にまではみ出した少年達。ともに日常的理解の範囲を超えた異質な存在。対するローズダスト。ヒーローもヒールも、ある意味そこらへんにいそうなワカゾー達。超人だけど。育った環境が不幸で道を踏み外し、運命のいたずら(というより権力による暴力)で道がわかれた。そういう「ありがちな話」への共感が骨格となっている。カタルシスはあっても共感の存在しない「半島を出よ」と対照的。

ビジュアル系というのか、読めば絵がくっきりとイメージしやすく、そしてお台場を縦横に使ったスピード感。映画化困難といいながら、これを映画化しないでどうする。桜田門、お台場、山下公園、ローズダストをめぐる旅、まんまデートコース。だけど、実写版は作るのが難しいだろう。大昔の怪獣映画のような安っぽい特撮、プラモデルのビルやら車やらがパコパコパコーンと飛んでくような、B級低予算映画風になっちゃいそうな。だったら、踊る大捜査線湾岸署シリーズ風に緊張はあっても「破壊は未然に防がれました」的アレンジもありか。アニメはやめてくれ。

余談ではあるが、ローズダストに「根っからの悪人」は出て来ない。諸悪の根源的な役回りはあるんだが、「壊れた」ということになっている。人間への信頼感というか、愛情というか、なんともヒューマンなタッチだ。悪を育てた環境を憎んで人を憎まないタイプか。悪を働いた者は命によって償う結果となるのだが、それ以外、善意の登場人物が誰も死なない。非現実的で、なんだか砂糖まぶした感じだけど、この作はハリウッド的なわかりやすい勧善懲悪で行こう、という意図もあったのかもしれない。

計1000頁超の長編。斜めに読めないし、酔っぱらうと全然進まない。難しい文、ということなのか。図書館は20人の待ち行列。期限2日超過、ごめんなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 1日 (木)

フライトプラン:部屋で落ち着いてみるには楽しめる

ジョディフォスターのこの最新作、劇場公開時から酷評するブログが圧倒的に多くて、ちょっと腰が引けてたのだが、サンホームビデオのクーポンが昨日まで、190円で1.5泊2.5日、これなら失うものはない。昨晩速攻で見てみた。

フライトプラン DVD フライトプラン

販売元:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
発売日:2006/05/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

まあ、ハイテク巨大機のあらゆるところを使った人間チェイス、ボップコーンでも食べながら週末にショッピングモールで見るなんて、アメリカ的なシネマコンプレックス的な楽しみ方をするなら、まあ、結構楽しめる作品になってるんじゃないかと。私は自分の部屋で、枝豆とビールで、やっぱり面白かったですよ。

でもこの映画、母は強いぞのヒューマンドラマを指向しているのに、大袈裟すぎのサイコスリラーな心理描写やら中途半端な風刺やら満載で、途中で席を立ちたくなるぞという酷評の理由もわかった。まあ、終わってみれば人間万歳な味も出てたわけだし、期待しないで見るならOKということですかね。190円で見た人の印象が1800円を払った人の評と異なるのは、まあ、至極自然なことで。

ところで、旅客機の中って、あんなに空洞だらけにレイアウトしてるのかね。国際線仕様の747-400だって、さきっちょですぼまってきているところまでファーストクラス席が配置されてるのをどこかで見たような。A380の時代に747の話は笑止かもしらんが。

| | コメント (0) | トラックバック (5)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »